ドルメンの奥深くにいたもの
退役していても、そこはみな軍人である。マグ・イーレ遺族たちの作業は手際よくはかどって、ほとんどの品々がドルメンから持ち出され、天幕の中へと運び込まれたようだった。
しかしファイーと幾人かが、巨石卓の入り口間際で何やら首をひねっているのが、カヘルの目に入る。
「どうかしましたか?」
怪訝に思ったらしい。離れたところにいたエノ軍経理関連責任者のパスクアが、歩み寄ってきた。カヘルも岩家に近寄って見る。
「ええ、あの……。遺品はほとんど全て出したのですが。ずっと奥の方の暗がりに、何か押し込まれたようなものが見えるのです」
遺族の一人、初老のマグ・イーレ騎士が答えた。
「えっ?」
「何やら、人がうずくまっているように見えますの。真っ暗がりだし岩に隠れとるし、儂にも見分けがつきませんが」
その暗がりとエノ幹部から、姪のファイーををかばうような姿勢にすいと立って、カオーヴ老侯がパスクアに言う。
エノ軍幹部とカヘルは、ほぼ同時に岩家の内側に頭を入れた。本当に暗い。
壁部分と屋根、組み合わされた巨石に光の差し込む隙間は見事になくて、扉部分からの外光が途切れた先は真の闇だ。たしかに奥まった部分に、何かがあると言う質感は見てとれるのだが。
「おかしいな。入り口はずっと厳重に封鎖してあったはずなのに……。おーい、ウーディク! 簡易松明あるかよ?」
「あるっすよ~」
パスクアの叫んだ潮野方言に、おもしろ顔のもう一人の幹部が走り寄ってきた。
マグ・イーレ遺族の一人がすかさず火打石を切って、灯りを手にパスクアはドルメンの闇の中へ進む。その背後、ウーディクに続いて、カヘルも静かに踏み入った。
「何だろう。けものでも、迷い込んだのかな……、 うぅぅぅあぁぁぁっっ!?」
パスクアの上げたうめき声に、ウーディクがきょとんと首をかしげる。
「今日はウーアは来てないっすよ。パスクアさん?」
「違う! お前んとこのウーア叔父さんの話じゃないッ。ここ踏んでみろッ」
「はぁ? ……あ。 うううあーッッ、きもーッッ」
――いい大人が、何をぎゃんぎゃん騒いでいるのだ?
ウーディクのすぐ後ろにいたカヘルは、冷ややか怪訝な表情を浮かべてエノ軍幹部の二人を見る。デリアド副騎士団長の耳に、パスクアとウーディクの言い合っている極濃・北部訛りの潮野方言はほぼ意味をなさない。
ぬたり……。
しかし、踏み出した右足先を何かに吸われた錯覚をおぼえて、カヘルもまたぎくりとした。
――苔?
素早く見下ろした騎士長靴の底が、やたら柔らかく沈み込んでいた。外光の届かぬ暗がり部分の地面に、粘着質かと思えるくらいの菌糸植物が厚く茂っているらしい。エノ軍幹部の手の松明に照らされて、ぬらぬらと黒っぽく艶を放つさまが泥のようでもある。
「……前に確認に来た時は、こんなのなかったよな? たった一日かそこいらで、育つもんなのか。苔って」
「苔っつうか、かびじゃないんすか? ちょっとそれよかパスクアさん、さっさと奥のやつ」
ウーディクに急かされて気を取り直したパスクアが、問題の最深部へと灯りを向ける。手前の石の陰になっていた隅、そこに確かにもりっとした何かがある。
「……」
松明を掲げたパスクアの左からウーディクが、右からカヘルがのぞき込んだ。
ウーディクが躊躇することなく、軍用手袋すなわち軍手をはめた両手を伸ばして、それを裏返す。
ごろり、と出てきたのは中年男の死体だった。
足を折り縮めて、丸め込んだ身体はかたく強張り、両手でかきむしるように首元を押さえている。恐怖と焦燥の入り混じった壮絶な表情、その見開かれた円い双眸がカヘルを見る。
魔術でもって呪われる瞬間と言うのは、恐らくこんな感じなのだろう。とっさにカヘルは最大限の気合をもって、冷えひえ眼光で対抗した――。松明の灯りに照らされた死体の白眼部分が、先ほどの泥苔と同様にぬらぬらと光る。
それはカヘルの、知った顔だった。




