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死者の哀しみの家

「これは、≪ドルメン≫と呼ばれる遺構です。カヘル侯」



 学者然としたランダル王が、しわがれた声でぼそぼそと答えた。



「ドルメン?」


「ええ。平たい石がのっているあたり、ちょうど大きな卓子のように見えるでしょう? ですから巨石卓ドルメン、という呼称がついているのです」



 巨大な石の卓子。そのまんまだが言い得て妙だ、とカヘルは感じてうなづいた。



「……巨立石メンヒル環状列石クロムレクと、同様のものですか?」


「はい。それらと同年代の遺構、と考えるのが一般的ですね。ここの場合は、丘に付随しているのではないかな」



 ランダルは、ドルメン背後の丘にむけ、優美にあごをしゃくった。カヘルは冷やっこい双眸をしばたたく。



「丘に付随・・している、と言うのはどういう意味なのですか?」


「確証はないのですが、この丘それ自体が巨大な人工物なのではないか、という説があるのですよ」



 さすがにそれはないだろう、とカヘルは内心で突っ込みつつ、丘を振り仰いだ。巨大である。



「微妙ですよね。確かにイリー黎明れいめい期には、≪丘砦ラース≫として始祖らに利用されていたらしいですが……」



 ロランも低く言ってよこす。


 ≪丘砦ラース≫、その遺跡についてもカヘルはファイーから学んで知っていた。三百年前、西方の文明発祥地ティルムンからやってきたイリー始祖らが、東進して都市国家を築いてゆく際に、中継野営地としていた砦である。沿岸地域に多い丘陵を活用した、原始の宿場町という風にカヘルはとらえていた。


 カヘルとランダル、ロランのぼそぼそした会話を後ろで聞いているローディアは、ぶるもじゃッと小さく震える。



――この間の≪王の石≫事件の調査中に、そう言えばファイーねえさんが言ってたっけ……! このテルポシエ≪東の丘≫は、イリー街道ぞいにいっぱいある丘砦ラースの東方終着点だって。ううう、思い出したくない……。あのでっかい赤い巨人は、ここの丘から出てきたんじゃないか。ひぇぇ、助けて副団長ぉ!!



「イリー史前の人工建造物については、貴侯あなたのところの専門家の方が、より明確な説明をしてくれると思います」



 巨石記念物の専門家たるファイーのことを暗にランダルに言われて、カヘルは小さくうなづいた。



「けれど、こうして実際に目の当たりにすると……。≪死者の哀しみの家≫という呼び名も、しっくりあてはまっていますね。あ、これは伝承方面からの視点なのですが」



 ランダルは流れるようなぼそぼそ調で(※この人の場合、矛盾してはいない)続けた。


 シーエ人、すなわちいにしえのテルポシエ人の中に、この岩家いわやをそう呼んだ詩人がいたと言う。その詩人がつくった呼び名ではなくて、もう長いこと地元民の間で巨石卓ドルメンはそう呼ばれていたらしい。



「ちょうど丘の入り口みたいになっていることもあって、その家の戸をくぐれば先にあるのは≪丘の向こう≫です。詩的観念的な感覚で行けば、死者と精霊だけが行くことのできる異界へ通じている、とみなすこともできるでしょう。そういう場所に、いなくなってしまった人たちの持ち物よすがが集め置かれていたというのは、非常に印象的です」



 ランダルが静かに語る詩的・・観点からの話を、カヘルはむしろ新鮮に聞いた。なるほど、伝承に同調しそれを体現するような構造の丘であり、巨石記念物である。エノ軍は、地元テルポシエの言い伝えを踏まえて、ここに遺品を安置したのだろうか?



――しかし……。



 カヘルはその冷徹たる青い視線を、丘とドルメンとに向けた。仰ぎ見る緑色の地のふくらみ、そこからカヘル達に向かって開かれた巨石の扉。



――この、ドルメンの向こうが死者の世界とは。詩心をもたぬ私には、残念ながら受け入れられぬ話である。




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