遺骨回収、開始
「皆さん、聞いてください」
エノ軍の経理関連責任者パスクアは、切れ長双眸の視線にて静かにマグ・イーレ遺族の面々を見渡しながら、話し始める。
イリー暦191年青月の戦闘後、エノ軍の予備役傭兵らは主戦場となった湿地帯北西部をめぐって、遺体を回収していった。
ぬかるみの出始めた季節であったが、局地的な底なし泥炭が口を開ける前のことであり、そこへ吸い込まれたものはなかった、と思われる。
遺体のみならず、武具装備品などの一切を回収し、マグ・イーレ側のものは全てこの北の墓所に集めた、とパスクアは語った。
「見つかった五体の遺体は、こちらにこのまま埋葬しました。それ以外の遺品は、別にまとめて安置してあります」
「五体……ですと?」
痩せさらばえて枯れ木のようなマグ・イーレ遺族の老侯が、怪訝そうに問うた。
「我々側の死者は合計十八人です。残りの十三体は、いったいどこにあるのです?」
三人のマグ・イーレ文官騎士が、緊張をみなぎらせた表情で老人を、そしてパスクアを見た。
「わかりません」
「そんな、わからないなどと……貴殿!」
悲愴な声で激高しかけた老人の腕に、隣の老騎士が手を触れた。しかし老人は震える声で続ける。
「私たちの倅は、確かにこの地の戦いで息絶えたのです。魂は丘の向こうに行ったのでしょうが、身体と骨とは動けぬまま、故郷へ帰れぬままに、ここに在ったはず……」
「あなたの仰る通りです。老侯」
不快そうな様子を微塵も見せずに、パスクアは正しきイリー語にて答えた。
「我々エノ軍も、この戦いでは二十八名の要員を失いました。そのうち十七名の身体を見つけ出すことができないまま、今に到っているのです」
遺骨調査団の間に、低くざわめきが起こった。パスクアが静かに打ち明けたエノ軍側の死者数に、カヘル含め一同は衝撃を受けたのである。副団長は、冷えびえと目を細めた。
「……」
三世紀前のイリー植民黎明期、暗黒時代の泥沼戦闘ならいざ知らず。文明発展を遂げた現在のイリー社会で、このような大量の死体放置が起こるわけがなかった。
第一、この戦闘はテルポシエ市外壁のすぐ近くで発生したのだ。放っておけば小動物と鳥とを集め、疫病蔓延を招きかねない腐乱死体を、市民がそのままにして置くわけがない。
「先の春、皆さまにご協力いただいた害獣掃討において。混成イリー軍の各位には、その実体を目にされた方も多いと思うのですが……」
パスクアがずいっと投げてきた視線を、カヘルは冷やっこく受け止める。
「191年時にも出現していたその害獣のひとつに、捕食されたものとみなしております」
――はっきり言わぬか。お前たちエノ軍、テルポシエが呼び覚ましたあの赤い巨人に喰われたのだ、と?
局地的寒冷前線、カヘルの氷のような青い視線に撃たれても、パスクアは怯まず、また眉をひそめもしなかった。
「死者の尊厳を保つため、我々は混乱の当時にできる限りのことをしました。エノ軍テルポシエとしましても、全ての死亡者を回収し、埋葬できなかったことを非常に遺憾に思っているのです。その点どうか、お汲み置きください」
そう言って、エノ軍経理関連責任者は少々長めに目を閉じた。
代わってマグ・イーレ文官たちが、カヘルにうなづきかけてくる。それにうなづき返して、副団長は手を穴の方へ差し向け、次の段階へ進むように促した。
文官たちに低く声をかけられて、遺族らは沈黙のまま掘り起こされた穴へ近寄って行く。
民間の葬儀業者らしき男達が天幕からそうっと出て来て、穴の中にかぶせられていた布を取る。
九年の歳月は、騎士達を白い骨へと変えていた。しかしともに葬られていた剣や武具には、銘が読み取れる。
「……うちの子の長剣です。背丈も一致する、まちがいありません」
「兜に刻んだ家名が読めました」
「孫の名の入った首飾りをしとります、……我が家の婿です」
ほとんど時間をかけずに、五つの遺体は身元が知れた。身体を覆っていたぼろぼろ朽ちかけのマグ・イーレ騎士外套にくるまれた状態のまま引き上げられて、骨たちは新たに穴の横に拡げられた毛布の上に載せられる。
その端を遺族らが持って、墓所裏手に張られた簡易天幕の内側へと運び込んでゆく。そこで待ち構えているのは、テルポシエの葬儀業者たちだ。
あらかじめエノ軍から打診されていたことだが、身分の判明した遺体は現地テルポシエにて焼くことになっていた。遺族らとしても、故郷までの長い道のりを運ぶことは到底できまいと観念している。申し出はマグ・イーレ宮廷によって、既に飲まれていた。
自分の縁者を見つけられなかった遺族らは、天幕には入らずにぽつねんと穴のそばに立ち尽くしている。そこへパスクアが再び、声をかけた。
「最後に、遺品をまとめた安置所へご案内します」
言って、エノ幹部は歩き出した。数を減らして十数人となった遺族らが、それに続く。
気を落としたのか、みな少々うつむきがちになっている。ファイーとカオーヴ老侯の姿も、その一団にまぎれていた。さらに続くひょろんとしたブラン青年、静かに歩き続けるランダル王とロランを、カヘルは前に見て歩いてゆく。
……こうして王のそばに歩いていると、ブランはマグ・イーレ正規騎士には見えない。実際の年齢よりずっと若く幼く見えるし、手伝いのためについてきた遺族の遠戚だとか、民間学者の息子、と取るのが自然だった。エノ軍に護衛と認識され、警戒されるのを避けるという意味では、非常に適役かもしれない。
ランダル王は、背中の革かばんから出した書類ばさみのような板を手にしている。学者然として、こちらも自然だ。
そうしてたどり着いたのは、小高い丘のふもとだった。
ところどころに岩肌がのぞく急な勾配の東側の斜面下に、もっさり灌木の茂るところがある。数十歩ほど離れた曠野に、大きな軍用天幕が張られていた。
突然、だいぶ前を歩いていたファイーが振り返った。
振り返った青い双眸が、カヘルを真っ直ぐに見ている。
――ザイーヴさん?
女性文官の表情がかたく強張っているのを見て、カヘルは緊張する。
助けを求めるような視線が、『あれを見て』と言う風に、ゆっくりと前を向いた。カヘルはそれに導かれて、前方・丘のふもとに目をやる。
「……」
灌木の陰から現れたもの。見たこともない巨大な岩の家が、そこにくわッと口を開けていた……。




