表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/93

副団長(甥)と正妃(叔母)

 イリー暦200年眠月じゅういちがつ三日、午前。


・ ・ ・ ・ ・



 遠方からかすかに……ごくかすかに、剣戟けんげきの音が聞こえてくる。


 真剣ではない。木剣どうしを打ち合わせる、重くくぐもった音々だ。おそらくは城内の練兵場で、傭兵部隊が訓練中なのだろう。


 びしり。


 王妃の手が窓枠にかかり、そこにわずかに開いていた隙間を閉じる。


 瞬時に外界の音は遮られ、玻璃はり窓を通ってくるのは晩秋の朝の光のみとなった。それとて、デリアドとは違う……。ここマグ・イーレの天は多く湿気を含んで、差す陽光はごくやわらかい。



「はるばる足を運んでくれて、本当にありがとう。キリアン」



 へやの中央、大きな執務机に見合う大きな椅子にかけて、大柄なマグ・イーレ正妃ニアヴ・ニ・カヘルはじっと正面を見据えた。


 ニアヴは現在、五十代なかば。だいぶかさ・・は減ったものの、元々が当代随一の圧倒感を誇るとび色巻き毛が、王妃の貫禄をいや増しにしている。


 ぎーん! と向けられる青い視線は父でなく、自分の眼光によく似ている……と、正面に座したキリアン・ナ・カヘルは思う。思いつつデリアド副騎士団長は、冷えびえとしたいつもの調子で口を開いた。



便たよりの中の要約だけでも、たいへんな有事とわかりましたが。実際にテルポシエは、本気で招聘しょうへいを行うつもりなのでしょうか? 叔母上」


「ええ。ポーム侯、例の書簡を」


「はい。……どうぞ、カヘル侯」



 ニアヴの横にひょろんと立つ、秘書役の騎士が机を回り込んできた。大机を挟んで腰掛に座すカヘルに、彼は皮紙を差し出す。じつに良いもの、最高級品の皮であることは触れただけでもわかった。丸まったそれを押し広げて、キリアン・ナ・カヘルは読み始める。



「……少し後ろへずれて下さい。ローディア侯」



 白金に近い金髪を後ろへと撫でつけた、端正なる額を曇らせることなく、カヘルは冷えびえとした小声で言う。


 それで真横の腰掛からカヘルの手元をのぞき込んでいた、もじゃもじゃ栗色髪と毛のかさばる側近は、慌てて後ろへ身を引く。自分の大きな体躯が影を作ると言うことに、いつまでたっても自覚を持てないらしい。



「……」



 読了し、カヘルは顔を上げて叔母を見た。執務室の主、ニアヴはゆっくりとうなづいて話し始める。



「キリアン、あなたもよく知る通り。九年前のオーラン奪回作戦時、我がマグ・イーレの陽動軍は二十名の要員を敵地テルポシエにて失いました。長年ほったらかしだったその遺骨と遺品の収集を、テルポシエは今になって受け付ける、と言ってきたのですよ」


「九年前の戦死者遺骨の収集、ですか」



 アイレー大陸・南東部。


 沿岸部にかたまる≪イリー都市国家群≫、その最西端にある森ふかき小国の副騎士団長キリアン・ナ・カヘル若侯は、隣国の王へ嫁ぎ現在その元首代役を務めている叔母に向かって、うなづいた。


 彼の足元では、腰掛に立てかけて置いた得物えものがごつい存在感を放っている。


 先端にいぼいぼ付きの鉄球がはまった、無骨きわまりない戦棍。これが、この冷徹なる若侯の必殺の武器であった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ