曠野の哀悼
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オーラン国境とテルポシエ首邑とは、街道で十数愛里(※)しか離れていない。
初冬だと言うのに、緑が野に鮮やかだ。白に灰に枯れるばかりのデリアドの野と違い、湿気に包まれ温暖なテルポシエでは、農地は年間を通して緑の草に覆われている。
しかし前方にそびえ始めた白亜の大城塞都市、その手前に広がる曠野は、うすら寒く黒ずんで見えた。冬枯れに乾いた、天然防壁の湿地帯である。
カヘルとローディアが前回ここへ来たのは、白月の半ば。冬の終わりだったが、やはり同様にしなび乾いた湿地を越えて、城塞都市の西側市壁へと迫ったのである。
今回は曠野と湿地は超えない。イリー街道ぞい北側に回りこむ形で、テルポシエ大市ひとつ手前の小さな集落に入る。その村外れには、大型軍用天幕がいくつか張られていた。行列先頭のエノ軍幹部が、大声を出す。
「ここで、下馬をねがいます」
十数人の男女が天幕の中から出て来て、マグ・イーレ遺族らの馬の手綱を次々に取る。軍馬の世話をしに連れてゆく者たちは、エノ軍の予備役傭兵などではなくて、土地の一般人らしかった。
カヘルがちらりとかいま見たところ、イリー式軍用天幕の内側には、簡易卓子と腰掛がきれいに並べられていた。はげている方のエノ軍幹部が、声を張り上げている。
「ここから徒歩にて、湿地帯に入ります。まずは皆さんを、191年の青月二日早朝、戦闘のあった地点へご案内します」
二十数人のマグ・イーレ遺族らの表情と姿勢とが、一挙にこわばった。退役騎士たちがひげの中で、深いため息をつくのがそこかしこで聞こえる。カヘルも、横にいたファイーとその伯父カオーヴ老侯とが、気配をとがらせるのを感じていた。
彼らの縁者が命を落とした現場へ赴くのだから、無理もない。
「……その後、市外壁に沿って北門脇の墓所へ向かいます。そちらでご遺体の判別作業、お引き取り準備をお願いします」
マグ・イーレ騎士達をあくまで刺激しないよう、低く抑えた事務的な口調で、経理関連責任者パスクアは段取りを述べていった。
「……そしてこちらは、今回皆さんの休憩所設営に協力して下さっている、シュターン集落の村長さんです」
暗い毛織衣姿の初老男性が、ひょいとパスクアの横に立った。
「ご家族をなくされた皆さまに、心からお悔やみを申し上げます。ささやかではございますが、お花を用意いたしましたので、ご用立ていただければ幸いです」
村長氏が手を差し伸べる方向を皆が振り返れば、やはり地元住民らしき女性たちが、白い花をいっぱいに詰めた籠を抱えている。
「では、行きましょう。現在湿地内はだいぶ乾いていますが、一列になって絶対に道を外れないでください」
先導するパスクアとウーディクに続いて、花籠を持った女性四人、マグ・イーレの文官騎士、遺族らがぞろぞろとついてゆく。カオーヴ老侯の後ろにファイー、ランダル王・護衛ブランに古書店主ロラン、衛生文官ノスコ、カヘルとローディアが来て、最後尾はプローメルとバンクラーナである。
「……」
カヘルは冷々、黙々と進んだ。
下馬させられたことを疑問に思ってはいない。オーランから続くイリー街道が直結しているのはテルポシエ東門のみで、北西側にある191年の戦場に騎馬で到達することはできないと、カヘルはじめ皆が知っていた。シュターンというこの小集落を境にして地は湿地まじりとなり、そこをよけよけうねる道も、徒歩者むけのかぼそいものに変わる。地元民なら問題ないのだろうが、それ以外の人間には迷路のようなしろものなのだ。
やがて実際の湿地帯に入る。
ここテルポシエ大市周囲の湿地帯というのは、もちろん自然に在るものだ。三世紀来、テルポシエ人はこれを天然の防壁として利用してきた。ところどころに石を粗く積み重ねた射手用の壁が作られていて、見通しは非常に悪い。枯れかけてもずいぶん丈の高い草々が、ふんだんに生えてもいる。夏場はさらに視界が狭くなる。進みゆく道は石や板材で大まかに舗装してあるとは言え、泥地の中では頼りないものだった。そういう道の両脇、そこかしこに草色外套を着たテルポシエ巡回騎士らが立って、通り行く一行に目礼をしている。
その障壁帯を抜け、地盤のかたい城壁手前に出た。でんと構える白い市外壁、その高く堅牢な厚みに圧倒される。
「こちらです。ここへ集まってくださーい、……」
おもしろ顔の射手型幹部が手を振って、遺族らを誘導する。
カヘルはちらりと市外壁を見上げた。狙撃されるなら格好の機会であるが、それにしては草色外套のテルポシエ騎士が入り乱れ過ぎている。壁上に人影はなく、奇妙なまでに静まり返っていた。
「……倅はここで、……」
マグ・イーレ退役騎士の一人が、低く声を震わせた。途端、あちこちで咳払いが発生する。さりげなく歩み寄ってきた年輩女性が差しのべた籠から、ためらいがちに遺族らは花をつかみ出していった。
カヘルが見つめる向こう、エノ軍幹部と草色外套巡回騎士らが立つその背後には、テルポシエ北門が壁に口を開けている。
そう。今カヘルの立つこの草地にて、九年前のイリー暦191年青月、マグ・イーレ軍の陽動部隊とエノ軍主力部隊とが衝突したのである。それは大規模な白兵戦だったが、ティルムン理術士隊の援護があった分、実はマグ・イーレ側に有利であった。
しかし直後に例の大怪物、≪赤い巨人≫が出現して戦局は一転する。
実際の死傷損害は、エノ軍よりもこの巨大な女によってもたらされたところが大きい、とも報告されていた。一番初めに軍馬上からその巨大な手にすくい取られ、握り殺されたのが、ティルムン理術士のセイボ隊長である。
当時の副隊長、いまセイボの地位を継いで隊長となったファランボ理術士が、左手に聖樹の杖、右手に花を持ってしゃがみ込んだ。
枯草のそよぐ地面に、理術士は音なく花を置く。
その周りに、遺族らが次々に集まって花を置き始めた。皆、無言で縁者の死地にふれ、白い花を手向けてゆく。それにまぎれて、ランダルがそうっと花を置き、帽子を取って目を閉じている。すぐそばで古書店主、ファイーとその伯父も頭を垂れていた。
ほぼ全てのマグ・イーレ騎士らが、うなだれ目を閉じて亡くしたもの、遠く丘の向こうへ去ってしまった者たちのことを深く想っていた。
曇天の下、ときおり吹き抜ける湿っぽい潮風に濃灰色の外套をはためかせ、失われても忘れ得ぬ存在のことを想っていた。
監査役たるデリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルは、花の塚とそれを囲む人の環から少し後ろに立って、哀悼の光景を冷えびえと見つめている。
しかしランダルの背後にいるブラン青年が、感傷を微塵もまじえぬ眼差しで、静かに周辺を監視していることにも気づいていた。
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※作中、1愛里はそちらの世界での約2000メートルに相当。(注:ササタベーナ)




