オーラン着、イリー混成軍基地
・ ・ ・ ・ ・
都市国家群のうち、首邑と領土の一番小さな国オーラン。
しかしてその実はイリー社会の金融脊髄、莫大な資産の集結する大国であった。
西方文明発祥地ティルムンや北部穀倉地帯との通商利潤、各国内外の流通利益が、一時的あるいは長期的にオーランにとどまってから新たに配されてゆく。ある意味ではイリー世界の心臓とも言える地であり、蛮軍と言えど迂闊には手を出せぬ。経済力という見えない城壁で守られた難攻の砦、それがオーランだった。
十年前にオーランへ侵攻するも、翌年すぐに奪回されたテルポシエのエノ軍は、そのことを学習したと見える。それ以降オーランに混成イリー軍の駐屯基地が置かれても、目に見えた挑発行為をすることはなかった。
遺骨調査団とカヘル一行は、オーラン市の東側にある混成軍駐屯基地へ入ってゆく。
マグ・イーレの駐在部隊を筆頭に、各国から派遣されて来ている騎士たちが並んで出迎えた。
疲れ目になんとなく優しい縹色の外套を着たファダン騎士。びかびかど派手な臙脂色のガーティンロー騎士。もちろん、黄土色外套を羽織ったデリアド騎士隊もいる。その後方に、数は少ないがフィングラスの≪いわうお騎士≫がちらほら見えた。
きちんと積まれた石壁の内側、脇にこんもり固まった一団は、見るからに上品な紫紺外套のオーラン近衛騎士たちだ。彼らとマグ・イーレ、およびデリアド駐在騎士らに導かれて、一行は軍馬を厩舎に入れる。その後、遺骨調査団の四十余名は混成軍中央本部へぞろぞろ進み入った。
「皆さま。オーランへ、ようこそお越しくださいました」
長卓子と腰掛の並ぶ広大な会議室の壇上、実に上品な声で呼びかけてくるのは、オーラン前元首のルニエ老公である。
「改めて、九年前テルポシエで没された各侯に、心からの哀悼の意をおくりたいと存じます。その尊い犠牲のもとに我が国は解放され、イリー主権を復活させることができました。全オーラン国民一同、この事実を心にきざみ、語り継ぐものとしております」
銀の巻き毛がとてつもなく上品に揺れ、その紫紺の上衣の肩でつやを放っていた。この人はすでに隠居して久しいが、公式の場には今もよく出てくる。侵攻当時、ルニエ老公は元首として蛮軍の前に屈従した。平身低頭して国民の助命を乞い、自身は長く幽閉させられる屈辱に苦しんだのである。その老公がオーラン解放作戦の戦没者遺族の対応をするのは、ごく自然な流れだと誰もが納得していた。
――それにしても。この駐屯基地と言うのは、いつ見ても……。
オーラン近衛騎士が上品に供してきた薄荷湯の杯を手に、カヘルは冷々とした視線を周囲にむける。
仮設基地なのだから掘立小屋に相応するものを想像しがちだが、そうではない。
白い平石を積んで漆喰で固めた、こぎれいな兵舎が並んでいるのだ。各国駐屯の始まった当初は本物のほったてであったが、対エノ軍前線としての機能が長期化すると見てとったオーランが資金を注入。今や快適な最前線基地と化している。現在駐屯している各国騎士小隊に加えて、四十余名の遺骨調査団をかんたんに収容できる、と言うのもすごい話だ。
――今回は、兵舎泊まりか……。副団長も個室に宿泊、あー良かったー。
カヘル横にて、側近ローディアは毛深い胸をなで下ろしている。彼は春の作戦展開時、ここオーランでカヘルと同じ天幕にいた時のことを思い出していた。
イリー各地から集結した千人以上の軍属は、さすがに兵舎に入りきらなかった。軍用の宿泊天幕が基地内に設置されあてがわれたのだが、デリアド軍率いるカヘルはその際、限られた兵舎を年輩騎士と文官に優先させたのだ。自身は率先して天幕宿泊、それも側近とひとつ天幕を分けると冷えひえ宣言。戦役においても不便をいとわず他者をいたわるカヘルを目の当たりにし、ローディアは副団長への敬意をあらたにしたのである。……そしてすぐに後悔した。
いびきではない。歯ぎしりでもない。夜間の副団長は、じつに静かである。しかし……。
――この世の中に、あんなに寝起きの怖い人がいるってこと! みんな、信じないだろうなぁ~!!
……つぎに少々逸れるが、恐ろしい話を述する。




