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宙に渦巻くかささぎの群れ

※本作品のアクセス解析をしてくださっている鳥の皆様、いつもありがとうございます。(カヘル)

 

・ ・ ・ ・ ・



 翌朝はやや早め、カヘルとランダル一行は明けきらぬうちに宿屋をって本隊と合流し、再びイリー街道を東へ進む。


 途中の谷あいで多少もやに巻かれたが、次いで差してきた弱々しい冬の陽光に導かれるかっこうで、マグ・イーレ遺骨調査団は昼前ファダン大市に到着した。


 前日と同様、ミガロ侯の率いる本隊はファダン城にて王族・騎士団長らとの会食に向かう。ランダルとカヘルを中心とした一行は、郊外にある親マグ・イーレ派貴族の屋敷にて休憩をとる。


 ここまでは内陸部に寄ることもしばしばだったが、イリー街道はやがて海なりの道となり、目指すオーランの岬が前方に見えるようになった。



「だいぶぬくくなってきたね」


「そうだな。湿気のせいだ、……夜になりゃ冷えていくんだろうが」



 カヘルの背後から、バンクラーナとプローメルの何気ない会話が聞こえてきた。


 乾燥の強いデリアドの冬は厳しい。雪こそ積もらないものの、身を切るような寒風がしじゅう吹きとどろいて、かじかむ底冷えにデリアドの人々は苦しめられる。それに比べると同じイリー諸国であっても、東寄りにあるオーランやテルポシエの冬は異なった。厚い湿気に取り巻かれて、だいぶ温かい。雨の多いのが、玉にきずではあるが。



「オーランの黒い塔が、見えてきましたのぅ」



 ななめ前方を進んでいたファイーの伯父が、小さく振り返ってカヘルに言った。


 そこでカヘルは、視線を海沿いずっと彼方へやってみたが……。遠く崖の上にそそり立つ名高い塔は、カヘルの目には見えない。粗く切り立った厳しい海岸線の向こうに、かろうじてオーランの小高い丘地が浮かんでいるだけである。



「カオーヴ老侯は、もと射手でいらしたのですね。私にはまだ、塔の姿が全く判別できません。さすがです」


「恐れ入ります、カヘル侯」



 横を行くファイーが、伯父を見てきゅっと肩を上げている。



「おじさんは老眼も入っているから、ますます千里眼に磨きがかかっているのでは」


「いやザイーヴちゃん。今日は何だか、ぶっちぎりで調子が良くてのぅ! これは絶対ノスコ侯の、昨夜のモミモミ治療のおかげだの……。肩も軽いし、老眼もきれっきれじゃ」


「肩こりが取れて、さらに遠方がよく見えるのですか。おじさん」


「そうそう。肩と目ん玉とは、つながっておるのぅ」



 伯父と姪は二人とも、びしびしとはっきりした調子でのんきな内容を口にしている。


 ファイーに昨夜見たような憔悴はなくて、カヘルは内心で安堵していた。今夜以降はオーランのイリー混成軍駐屯基地に滞在し、明日はもうテルポシエの現地入りである。


 慕っていた(らしい)従兄いとこの遺体に直面する瞬間が迫っているのだから、ファイーが動揺して調子を崩すのは無理もない、とカヘルはある程度予測していた。


 ファイーに≪巨石記念物≫への情熱をもたらした人物、モーラン・ナ・カオーヴ若侯。


 やむにやまれぬ家の存続事情により円満離婚した第一の夫、壊滅的な価値観の相違から破局したという第二の夫より、ファイーの心の奥底にいる・・のは恐らくその故人なのだと言うことも、カヘルは知っていた。



――しかし私は私として、故モーラン・ナ・カオーヴ若侯に喧嘩を売るような真似はしない。遺骨あるいは遺品を前にして、悲しみに打ちひしがれるであろうザイーヴさんを無言で受け止め、ひたすら支えるのだ。



 まっすぐに伸びたファイーの背、騎士作業衣の台衿下部分に映える樫葉のデリアド国章を見つつ、副騎士団長は思った。



――そのように穏便にことを運ばなければ、計画の次段階へと進むことができない。すなわちザイーヴさんに求婚→成婚→跡継ぎ誕生でカヘル家安泰、と言う大目的に到達できぬ!



 こんなに頭がまわるのに、女性とのかかわり方についてだけは大傑作級のあほう、相変わらずの我らがデリアド副騎士団長である。


 個人名を呼ぶことを許され、家に食事に招かれただけの現況を≪交際中≫なのだと鮮やかに勘違いしているため、最近は求婚の文言についても真剣に考えていた。ああ何と言う独特の感覚、やはり自己中心的すぎるなりキリアン・ナ・カヘル。



――何と言っても今後の明暗をわける、一大分水嶺。しくじるわけには行かない……。にしてもあの指南書、大枚をはたいて入手したと言うのに全く有益なところがなかった。とにかく想う存在に向けてその名を呼べ、呼び重ねることで状況が変わる、進展するなどと……。



 恥をしのんでどうにか購入した訳書『年頃女性の口説き方:高嶺編(バンダイン新訳版)』について、内心ぶつぶつ不平をぶつけているカヘルである。ちなみにこの書籍の原著はティルムン語、正イリー語訳版で読んだ副団長の頭の中に、異文化理解という概念はちょっぴりたりとも湧かなかった……。残念である。(※)



――さっきから、むっつり真剣顔で何か考え込んでいる……。どうしちゃったのだろう、副団長? 



 カヘル横で軍馬を御す、側近ローディアは上司の胸中を思いやった。



――あっ、そうか! オーランのイリー混成軍駐屯基地で、他国のいやみ老害騎士たちに絡まれるのが嫌なのかもしれないな……!



 ふかふか豊かな栗色髪とひげの中で、ローディアが見当違いのいらぬ心配も始めてしまった、その時である。



 かかかか、……がががー!!


 進行方向の左手、内陸部の方から耳障りな鳴き声が湧き上がった。連続して叩きつけるような声は、鋭く騒がしい。



「……?」



 遺骨調査団の一行がそちらを見やると、林の上空から突如、黒っぽい煙が立ったようだった。ただの鳥の群れである。


 瞬時、カヘルの脳裏を害鳥≪ふかし鳥≫の記憶がよぎったが、副団長はすぐに思い直す。



――≪ふかし鳥≫がこんな東方まで到達したことは、いまだかつてない。第一鳴き声が全く異なる。あの貪欲な西方由来の山賊鳥ではない。



 がががががー!!!


 しかし鳥たちの声が、耳障りな騒音であることには変わりなかった。



「どうどう、ぶち子や……」


「大丈夫だよ」



 動揺する馬たちをなだめる声が周辺に上がるが、それも甲高いぎゃん声にかき消されてゆく。


 黒っぽい鳥の群れは、やたら低く飛んでカヘル一行、さらに前方を行く本隊の騎列の頭上をかすめる。そうして再び、左手方向の森の中へと消えて行った。



「かささぎですな。こんなにたくさん見たのは、初めてですぞ」



 喧騒が過ぎ、ようやく静寂が戻ったところでファイーの伯父が言った。長い首をひねっている。



「と言うかおじさん、群れるものでしたか? かささぎは……」


「ふつう群れんの。テルポシエに棲んどるのは、性質ちがうのかもしれんが。ザイーヴちゃん」



 この光景を見たマグ・イーレ遺骨調査団の全員が、何となく不吉なものに遭ってしまった、という気になった。けれどカヘルも、誰も何も言わない、……ただの鳥。ただの鳥の群れ、である。


 カヘルの後方、一団の最後尾部分を並んで進む軍馬上のプローメルとバンクラーナだけが、意味ありげな視線を交わし眉をひそめていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(※)西方ティルムン文化圏においては想いをこめて名前を呼ぶ、呼びあいすることがすでに強い恋情表現・・・・です。ていうかその辺ちゃんと訳注を読んでる? 副団長……。(注・ササタベーナ)

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