怪奇! 水棲馬の黒ソーセージ
自分を見つめる周囲の顔が、のきなみ濃ゆい陰影を落としたのに気づいて、マグ・イーレ傭兵隊長ハナンは自身も顔を引き締めた。
長いもしゃ髪を引っつめて、女性のように頭頂で大きな団子に結っているが、頬のあたりまでひげが進出しているから、顔の半分が毛の人である。しかしローディアと異なり、かさばるもじゃつき様ではない。……と言うか、あまりこだわるべき箇所ではないのかもしれぬ、毛深さの様相など。ふん。
「俺はマグ・イーレの西、ほとんどデリアド国境すれすれの、ど田舎出身なんすよー。そこには、こぎたねぇ沼がほうぼうにあってね? 当然、水棲馬の噂がいっぱいある。日が暮れた後は絶対に近寄っちゃなんねぇ、と誰でも言われて育ったもんだが……」
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ところがある冬の日の暮れ。町から来た一人の男は、どうしても沼のほとりを通り抜けねばならなかった。その先に住んでいる貴族の屋敷に、大事な届けものがあったからだ。
頭上に星がまたたき、西の空に夕陽がどんどん消えてしまう中を、男はほとんど駆けるようにして沼の脇の小径を進んでいた……が。
≪おいこらお前、そんなに急いでどこへ行く?≫
いきなり目の前、道の真ん中に、ばかでかい馬があらわれて言った!
薄暗がりの中でもはっきりとわかる、ぬめっとした暗色の肌にめらめら黄色く燃えるような瞳。ついでに人語を話しやがるとは、こりゃあ水棲馬以外の何ものでもない。
男はすぐに察して、目を伏せた。けつの穴まで全身ちぢみ上がったが、おっと失礼、さりげない風にして立ち止まった。
≪何なら乗っけてってやるぜ。俺の手綱を取んな≫
うす気味悪い声で言われて、男はくらくら気を失いかけた。それでも腕の中の包みを持ち直して、きっと顔を上げたんだ。
≪お前、誰にむかって口をきいてんだ。沼棲みの若僧め、俺ぁシエ湾から来た水棲馬の親分だぞ? とっととそこを退きやがれ≫
≪はぁ~?≫
水棲馬は鼻息あらく鼻で笑って、妖精鼻くそを吹き飛ばしてきたが、男はそいつをさらりと避けた。華麗によけてから、腹に力を入れてすごんでやった!
≪陸に上がるに都合がいいから、人間の姿に変わっているだけだ。お前も命びろいをしたな? 俺はここへ来る途中で、でっかい豚をまるまる喰ってきげんが良い。でなきゃ小生意気なお前なんぞ、ぶっ飛ばしているところだぞ!≫
そう言って男は、手に持っていた包みを解いて掲げた。
沼棲み水棲馬は、ぎゃふんとのけぞる。
≪うわぁぁぁっ、そんなにたくさん豚の腸を!?≫
男は黒腸詰の長いくだくだを、ぐるぐる巻きにして持っていたのだ。それを首飾りみたいに肩に引っかけて、どや顔で立っていた。
みんな知ってることだが、水棲馬は人でも獣でも食っちまう。喰っちまうけど、腸だけは苦手なんで残すんだ。だから水棲馬どうし、食べ残しを見せつけてやりゃあ、自分が食った獲物のでかさを相手に見せつけてやれる、って寸法なんだな。
黒腸詰ってのは、ほれ、うまいが見かけは……だろう? それをよく知らない沼棲み水棲馬は、はらわたと言われて疑いもしなかったのさ。
≪ひぃっ、すいませんすいません。親分とはつゆ知らず≫
水棲馬はぼちゃんと沼に飛びこむと、すぐに何かをくわえて上がって来た。それを男の足元に置くと、ぺこぺこおじぎをして後じさりをする。
≪こいつで見逃しておくんなせえ、親分さま≫
≪ふん、わかりゃいいんだ。あばよ≫
水棲馬は沼に引っ込み、男は置かれたものをつかむと、黒腸詰を首にひっかけたまま、のしのし歩いていった。
そうしてたどり着いた貴族の屋敷の厨房に、無事にその日作ったばかりの新鮮な黒腸詰をお届けできた、と言うわけだ。料理人たちは、勇敢な男をねぎらった。
≪どうもありがとう、肉屋さん。危険な目に遭わせてしまったねぇ≫
≪いいってことよ。水棲馬のやつ、お土産までくれたしなぁ≫
水棲馬がよこした壺の中には、昔むかしの金貨や貴石のお宝がつまっていた。食べた人間たちから奪ったもの、あるいは消化しきれなかったやつを、性悪精霊が貯め込んでいたものらしい。
そのお宝を元手にして、男は自分の肉屋を大きくし、今でもふとい商売を続けているのだとさ。
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「あはははは、面白かった~! どうもありがとう、ハナンさん。全然知らない話でした」
王と皆の拍手に包まれて、ハナンはもさもさとお辞儀をする。
「でも、怪談というか、とんち機転系の話でしたねぇ? 僕はもう、壮絶なのを予想しちゃったのですけど」
「あー、そりゃそうすよロランさん。これはうちの娘どものお気に入りだからねー、その先ほんとのおちは言ってないんす」
「……は? おち?」
「えー、後日談がありやしてね。話を聞いて、便乗しようと別の肉屋が沼へ行ったんすよ。けど首に引っかけてたのが、黒腸詰でなくって普通の香草入り腸詰だったもんだから、水棲馬に見抜かれちゃって。次の日の朝、沼のみぎわに打ち寄せられたのは……ほんものの、……は・ら・わ・自主規制~」
「ひぁあああ、怖ぁぁぁぁ」
ぎゃあ、ひゃあ! はんなりした理術士の一声に続いて、恐れおののくうめき声が周囲から上がった。
彼らの後方で、デリアド副騎士団長はわずかに目元をぴくつかせている。
――好物の黒腸詰が食べられなくなる話でなくて、安堵したと言うのに。これでは通常の腸詰が……。
震撼のあまり、隣のファイーがそんなカヘルを見て目を細めているのにも、全く気付かないでいる。




