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赤い巨人と副団長

 イリー暦200年白月さんがつ十七日、午後。


・ ・ ・ ・ ・



 のろり…… うだ、うだ。


 いっぱいに引き上げた鎖鎧くさりよろいの二つの穴、すなわちかぶとと顔当て部分の隙間たる目元からぎんぎんと青い眼光がんをとばして、デリアド副騎士団長は高いところにある敵の顔あたりを見ていた。


 鎖鎧の下では端正な顔をしかめて、何とのろくさい・・・・・ことか、と副騎士団長は思っている。自分がせっかち速足だから、我慢できないと言うわけではない。聞いた話とだいぶ違う敵の様子に、やや戸惑っているのである。のろり・うだうだ、としか形容できぬ、その巨人の姿態に。馬上の騎士をすいすいすくい取っていたと言う、かつての機敏さはどこへ?


 副騎士団長と、彼の率いる黄土色のデリアド騎士らが前にしているのは、小山のような赤い女。


 巨大な女のまとう禍々まがまがしい(あか)い衣は、灰色の空を背にして血のごとくあざやかだった。


 前回の出現時と異なり、女は好き放題にはできていない。いまだ一人の騎士をもほふってはいないらしい。顔の周りを綿わたのような水幕で包まれ、はっきりとは見えぬが各種の術の効果にとらわれて、重そうに巨体を引きずっている印象がある。


 その巨人のだるそうな様子が、寝起きの悪い朝の自分にそっくりなものだから、副騎士団長はよけいに気分が悪かった。自分に似たものほど気に入らない、というのは本当である。



「引き続き、投擲とうてき準備――ッッ」



 デリアド副騎士団長のずっと前のほうで、きんきんとした甲高い声が飛んでいる。


 中弓にいしゆみ、加えて投石器。先ほど、前列のマグ・イーレ騎士主力隊および傭兵部隊からの集中投擲とうてきをくらって、巨大な女はゆらいだようだった。



――人間の攻撃は、無力だったはずではないのか。投擲が効いている……?



 赤い巨人がいかような表情をしているのか、デリアド副騎士団長には見てとれない。しかし今、巨大な女は少々腰をかがめて、左脇に抱えていた銀色の容器のようなものに手を突っ込んでいる。


 やがて緩慢な動きでその手を出すと、ほろほろ……ぼろぼろ……。何かをつかみ出して、振りまいた。



「カヘル侯。巨人のやつ、鍋から何かまいてますが……」


「何のつもりだろう?」



 すぐ脇で、同様に鎖鎧を上げて兜に留め、完全武装している直属部下らが言っている。問われても、副騎士団長にそれが何なのかわかるわけはないのだが。



「あ、……ちょっと! 巨人の足元、見てください!」



 副騎士団長の左脇にいた、毛深い側近がもじゃもじゃと驚いた声を上げた。



「なんか、動き出してるッ」



 副騎士団長以下、その場にいた全ての者が目を見張った。


 巨大な赤い女の、赤い衣の裾の周囲……先ほどまいた何かが地についたあたり、そこの地面がうぞうぞと黒く動き出している。



 またたく間に、それはひとつの群れ・・となった。


 頭のあたりに(あか)あかりをぬろぬろと照らし光らせながら、うごめく無数の黒い何か・・。それが、こちらめがけて走ってくる……。


 細すぎ長すぎる四肢の印象のために、遠目にそれらは蜘蛛くものようにも見えた。



「迎撃、準備ーッ!!」



 前列、≪白き牝獅子≫グラーニャ・エル・シエが、自軍マグ・イーレ騎士団にむかって咆えている。



「デリアド騎士、総員! 抜剣して迎撃準備ッ」



 その後方援護として控えていたデリアド副騎士団長も、冷えびえとした咆哮を放った。


 じゃきじゃきじゃきじゃき! 黄土色の騎士外套をまとった一列が、一斉に武器を構えた瞬間ののち。



 き・しゃあーッッ!


 濃灰外套マグ・イーレ騎士隊の壁を越えて、信じられない跳躍で迫ってきた一体がある。


 一瞬おびえた軍馬の腹を、デリアド副騎士団長は両の腿でぐっと押さえた。


 黒い敵、謎のけものの赤い視線と、副騎士団長の青い眼光がばちりと宙でぶつかった。


 けものの振り出した鋭い前脚一撃に、副騎士団長は大きく上体をのけぞらせる。それはかわす動きではあったが、同時に腰を切ってかえす反動に変わった。


 ばっこーーーーん!!!


 副騎士団長の無骨な戦棍、その先端につけられたいぼいぼ鉄球が、けものの頭を正確にかっ飛ばす。


 その正体すらはっきりと知られぬまま、黒き敵の頭は赤い眼玉もろとも粉々に吹き飛ばされ、見る影もない。



「次打!!」



 枯れ朽ちた湿地帯は、見渡す限り灰色の戦場。


 白亜のテルポシエ要塞と市城壁とを遠景に、デリアド副騎士団長キリアン・ナ・カヘルの黄土色外套がはためいた。


 やがてその灰色の大気の中に、無数の剣戟けんげきと喧騒とが混じりあってゆく。



 ……

 ……



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