ベッカ・ナ・フリガンの危惧
「それとですね、カヘル侯。……これは僕が、信頼できる現地筋から得た情報なのですが。テルポシエ領内においても、やはり同様の重軽犯罪が頻発しているのです」
「!!」
カヘルは瞬時、言葉を失った。
対テルポシエ警戒線を敷くイリー同盟国と異なり、テルポシエからの情報共有を目的とした犯罪報告と言うのはなかった。
「どういうことですか?」
元々が東部系で構成されているエノ軍である。
テルポシエ主権が正式に彼らのものとなったことを機として、東部ブリージ系の流浪民が大量に流入し、そこに≪蛇軍≫が加わってイリー系の住民を圧迫している……。そんな混沌を、カヘルは一瞬に想像してしまっていた。
しかしフリガンは、ふり・ぷよッと頭を振る。ゆたかなる頬のおにくが、まろやかに揺れた。
「いいえ。そうではないのです、カヘル侯」
テルポシエ領内においても東部系住民はまだまだ少数派であり、旧軍を母体とした巡回騎士体制も少なからず機能している。新生テルポシエは無法地帯と言うわけではない、とフリガンは静かに述べた。
「誘拐や搾取の標的となっているのは、むしろその少数派である東部系住民なのです」
「……」
「カヘル侯、ここからは僕の推測でしかありません。しかしこういった様々な重軽犯罪に対処しきれず、ほとんど解決もできていない現状を聞く限り……。テルポシエは、我々イリーと同じ穴のうさぎです」
松葉色の瞳が真摯である。円かなるまる顔をぷよッとひきしめ、フリガンは本気で語っていた。
「……彼らエノ軍もまた、≪蛇軍≫に連なる者たちに翻弄されている、と貴侯は仰るのですか? フリガン侯」
「はい、そう思います。そして≪蛇軍≫は、もともとが≪エノ軍≫の反乱分子であった、という見方もある。要するに似て異なる者、かつては同じものだった可能性も大きい。分岐点がどこだったのかもあいまいな分、テルポシエは我々イリー同盟国以上に、≪蛇軍≫に深く付け込まれている気がするのです」
カヘルは冷えびえとうなづいた。
「なので、今回皆さんの行かれる遺骨調査も……。新生テルポシエとしては、イリー同盟国との和解、国交樹立を純にめざして企画したのでしょう。しかしこの機会を利用しようと悪企みを働く者にとっては、絶好の機会になるかもしれないのです。どうか慎重に、無事に行っていらして下さい」
「はい」
ベッカ・ナ・フリガンに向けて、カヘルは深くうなづく。
ここまでの話を通し、いや過去にかわしてきた書簡文面にも表れていたことだが、フリガンは現実を見て思考を展開させる人間だ。そのフリガンが、信頼できる筋からの情報を統合してたどり着いた、大いなる危惧である。決して杞憂ではない、とカヘルは直観したのだった。
「……そうなんですよね。その辺、我々も十分に承知してはいるのですけど……」
カヘルの正面、ランダル王の右脇にいるゆで卵のような頭の古書店主・ロランが、低く呟いている。その声はささやかすぎて、もちろんデリアド副騎士団長やローディアには伝わってはいない。
「でも。それをわかっていても、行かなきゃならん理由もあるのだよね……」
やはりぼそぼそ囁き声にて、ランダルが心の友に答えた。もそもそ言い合っている二人の中年男、王の右脇にいるブラン青年は黙々と咀嚼している。
その前にあった温野菜の鉢が、またしても空になっていた。




