にくぱんランチのおもてなし
明るく光の入る食堂にて、一同はキーン家心づくしのおもてなし昼食をとった。
あまり形式ばらぬように、しかし軽いばかりでは国賓級のランダル王に対する面目が立たぬと、ブランの母が頭をひねっただろうことをローディアは察知していた。毛深い側近騎士は、情緒もふかい。
「……」
中心に、握りこぶし大の丸ぱんが鎮座した大皿を供されて、カヘルは内心で驚いていた。表面に塗られた卵黄がてかり輝く。いかにも美味な焼きたて白ぱんに見えるが、はて……主菜がぱんとは??
「これは何です、ブラン君!? お母さまの十八番とか??」
卓子の反対側で、ランダル王も大きく目をむいていた。王も知らぬ一品らしい、隣席の護衛ブランにたずねている。
「先生、刃を入れる時に注意してください。ふしゅーって湯気が出るんです」
朴訥な青年の言葉を聞いて、マグ・イーレ王およびデリアド副騎士団長とその側近らは、神妙な面持ちにて丸ぱんに刃をいれた……。
ふしゅー!
「おおおう!?」
驚く王の口がひし形となる! 確かに、もわりと湯気が流れ出て、白ぱん内部よりおにくが出現した。
肉団子などと言える規模ではない。ぱんの皮の内側に、香草入りひき肉のかたまりが、もちもちムーとぎっしり包まれていたのである!
――簡素単純と見せかけて、何たる豪華絢爛な演出の一皿か! さらに、実に美味ッ。
――焼きたてぱんと肉団子が、口の中で同居するって、こんな最高なんだぁッ!?
口いっぱいに咀嚼しつつ、副団長とその側近はものすごく静かだ。
「おいひいですね~!」
「豚はやっぱり好いですね、ノスコ侯」
「野菜もいいぞ、ザイーヴちゃん」
静かなる側近の横では、衛生文官ノスコとファイー、その伯父とがしみじみ感嘆の声をあげている。
カヘルはふと、目のまえ卓子中央部に置かれていた、根もの温野菜が空になっているのに気づく。各自めいめいで取り分ける用の副菜つけ合わせ大鉢は、つい先ほどまで中身がなみなみ入っていた気がするのだが。
にゅっと長い腕が伸びて、その大鉢を持ち上げる。腕の持ち主、王の護衛のブラン青年はそのままひょいと立ち上がって行った。給仕の使用人に渡している。
「野菜のおかわり、まだ厨房にある?」
やたらのんきな青年だな、とカヘルはブランを見て思う。ここまでの道中、若い騎士はランダルの手前という護衛の定位置をとっていて、カヘルとはほとんど話すこともなかった。
ひょろッと長細い体躯は、祖父のフラン・ナ・キルス老侯に丸写し。淡い栗金髪をきちっと七三分けにしているところだけは、いっちょ前の正規騎士だ。しかしこうして平生の態度を見る限り、あまりに自然体である。新人騎士と言うが、先春のテルポシエ戦役には参加していたのだろうか?
美味なる肉ぱんを咀嚼しつつ、カヘルがブランの妙に子どもっぽい後頭部を見ていると、いきなり若者は食堂の入口へ駆け寄った。
がばり! そこに入って来たらしき人と、抱擁をかわしている。でっかい若者が屈みこむようにして両腕いっぱいに抱き締めているのは、だいぶ小柄な人物だった……。しかし臙脂色の外套に包まれたその身体、横向き壮大に広がった部分が、ブラン青年のかげからふくよかにはみ出している。カヘルはわずかに首をかしげた。
――? あの外套は、ガーティンロー騎士の……。ああ、家族か。
ランダル王から道中聞いたところによれば、ブラン青年は生まれも育ちもここガーティンロー。後継者のいない母方祖父のキルス家存続のため、養子としてマグ・イーレに来たのだと言う。実家には兄が二人もいるらしいから、いま再会を喜んでいるのはそのうち一人なのだろう、とカヘルは見当をつけた。ここから見る限り、全く似ていないが。
その小柄でぷよッとしたガーティンロー騎士は、ブラン青年とともにランダル王の近くへやって来た。マグ・イーレ王にぷよッと騎士礼をして、にこやかな表情で何ごとか低く囁き合っている。くるり、とランダルが振り返ってカヘルを見た。
「カヘル侯!」
同時に、ぷよ騎士がすすすと自分の隣に来る。やたら素早い身のこなしだ。手巾で口元を拭い、カヘルは穏やかに立ち上がった。……向かい合うと、本当に小さな人である。臙脂外套の左胸に煙水晶の叙勲章が煌めいて、彼がガーティンロー文官騎士であることを示していた。
「お初にお目にかかります。ガーティンロー市庁舎、総務課勤務のベッカ・ナ・フリガンです」
「初めまして。デリアド副騎士団長、キリアン・ナ・カヘルです」
騎士礼をした身体を一瞬のあいだ静止させて、カヘルはびしッと目を見張った。
すぐ目の前にいる文官騎士は、ふかふか金髪に松葉色の眼差しが優しい。冒険や航海譚などとはおよそ縁もなさそうな、まろやか容貌のこの人が……?
「貴侯が。東部についてのお便りを下さっている、フリガン侯……!」
「ええ。とうとうお会いできて、とても嬉しいですよ。カヘル侯」