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還ってきた! ひょろ護衛

 


 カヘルやランダル王の視線に気づかず、ロイはその男のお腹あたりにぎゅうーっとしがみついて、ぶっちょうづらを埋める。ひょろっとかがんだ男が、鮮やかなもも色てがらをくっつけた王女の頭をなでる。直後、ロイ姫はぷいッと離れて、そのまま城の方へ走って行ってしまった……。子どもらしく、ものすごい速さと勢いで。


 一応その後ろ姿に手を振ってから、腰をのばした男は黒馬を引きひき、大股でこちらへ歩み寄って来る。



「すみません、先生。泣かれちゃいました」


「仕方がないなぁ、ロイちゃんてば。もう……」



 でかい黒馬を引く青年は、間近に来ると見上げるでかさであった。ローディア以上に上背があるかもしれない。が、実にひょろ長い身体のてっぺんにくっついた顔は、まだあどけなさを残している。小さな瞳が山羊を思わせる若者だった。


 こほん、とランダルが空咳をして、気を取り直したようにカヘルに言った。



「彼は新人の正規騎士なんですけどね。今回、私とロランの護衛役をしてくれる、ブラン君といいます」


「ブラン・ナ・キルスです。どうぞよろしくお願いします、カヘル侯」



 マグ・イーレ騎士の濃灰外套でなく、革鎧の上に明るい灰色の庶民的な上衣を着て中弓矢筒をさげた青年は、朴訥に騎士礼をした。それに冷々と返礼をして、……カヘルはまたしても目をしばたたかせる。キルス……。



「貴侯は、騎士団長キルス老侯の……」


「あ、はい。孫なんです」



 その時、前にいた数人のまとまりがゆっくり動く。出発の順番が回ってきた、カヘル達もめいめいの軍馬に騎乗する。



「行ってらっしゃーい、陛下ぁ~」


「陛下ー、気をつけて下さいよう」



 ぶち馬上のマグ・イーレ王は、やたら温かい声援を送ってくる騎士団と傭兵隊の面々に向かって親し気に手を振りつつ、城門を出た。



「じっちゃん、いってきまーす」



 黒馬上から、ブラン青年がひらひら手を振る。その時、頭ひとつ分その周辺から抜き出たしわしわ・ひょろひょろの山羊ひげ老人が、門の傍らで手を振った。


 カヘルは思わずぎくりとした。この国最強の騎士フラン・ナ・キルス老侯が、グラーニャとニアヴの後ろに立っているのだ。そこでデリアド副騎士団長として、カヘルはマグ・イーレ騎士団長(時短勤務)に騎士礼を送りつつ通り過ぎた。


 斜面となった城下のせまい沿道にも、市民が多数立っている。



「よい旅をー」


「どうぞ、ご無事でねー」



 カヘルの目の前をゆくランダルを、王と認識して声をかけている風ではなかった。


 けれどマグ・イーレの市民は自国騎士団を好いているし、城から出てくるものはとりあえず、何でも温かく見守るようにするのが慣習になっているらしい。彼らのおこぼれ声援を冷々淡々とした表情で受けつつ、カヘルは胸中で首をかしげまくっていた。



――隠居中で発言力もないとは言え、一国の王が身分を偽って遺骨収集の調査に出向くとは……。大きな危険を冒してまで、ランダル王はいったい何を企んでいるのだろう?



 これは絶対に裏があるな、とデリアド副騎士団長は確信する。叔母のニアヴですら自分に伝えられなかった、マグ・イーレ内々の重大な何か・・だ。



「モーランも、こんな風に華々しく送り出されていったんかのう」



 低くしみじみと言う声が後ろから流れて来て、カヘルはふいと考察から引きがされた。



「そうだね、おじさん」



 びしッと低く、しかし穏やかな調子でファイーが答えている。



「送り出したからには。しっかり連れ戻さんとな、ザイーヴちゃん」



 そう、これは死者を迎えにゆく旅なのだ。


 九年前の戦役に散った彼らの魂は、とうに丘の向こうへと旅立ってしまったのだろう。しかし異郷に残された、その身体と持ちもの……死者のよすがを連れ戻し、故郷にて安寧に休ませてやらねばならない。


 去っていった者たちを決して忘れることなく、そして彼らを大切に想う生者たちが力強く生き続けるためにも。


 カヘルは振り返らなかった。しかし自分の背後で歩を進める、女性文官のきりっとした顔を、先ほど見たままに思い浮かべている。


 ファイーにとって戦死した従兄いとこはかけがえのない存在だったのだろう、とカヘルは見当をつけていた。恐らくは巨石研究を通して、彼女の心にはいまだカオーヴ若侯が住んでいるのだ。今回の旅で、遺骨や遺品を取り戻せたとしたら……。ファイーの胸中に、すきまは生じるのだろうか? カヘルという存在が、入りこめるほどに。


 遺骨調査についてファイーに告げて知らせ、応援しているのは、結局彼女を得たいがためなのだとカヘルは思う。不謹慎である、と非難する自分自身の心の声を、カヘルは確かに聞いてもいた。



――それでも。



 重々わかってはいても、カヘルはあらがえなかった。ファイーと共に、テルポシエに赴きたいと言う自分の中の自然・・に。


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