大集合だよ! マグ・イーレ王室
「なるほど。専門家と言うのは彼女でしたか……。ファイー侯、と?」
≪エルメンの傭兵≫巨立石事件。ファイタ・モーン沼の環状列石事件。列石群の≪白い恋≫事件に、丘砦の≪王の石≫事件……。
≪巨石記念物≫がかかわった異様な事件についての顛末を、カヘルは叔母ニアヴに書き送っていた。そのうちいくつかの事件には、全イリー社会に敵対する謎の東部組織≪蛇軍≫が関与していたため、カヘルはマグ・イーレと保安情報の共有を望んだのである。その詳細は、マグ・イーレ宮廷と軍部にも通達されていることだろう。当然、マグ・イーレ王も知っているはずだった。
聡明なる王のこと。専門家としてファイーが事件捜査で果たした役割を、ランダルはすばやく見抜いたらしい。
「カヘル君。ご存知の通り、私もしろうと史書家の端くれです。機会があったら、ぜひ彼女に紹介してください」
「ええ、喜んで。陛下」
ファイーは現在、この場にいなかった。ローディアやバンクラーナ達のようにカヘル直属部下でない彼女は、遺族の枠組みで参加しているということもあるが、今夜は北マグ・イーレから出てきているおじと一緒に、市内の宿屋に滞在している。
「はい、失礼しまーす」
その時、女の子の声が近く聞こえた。カヘルの前方卓子上に、ぱんを盛った籠と追加の果汁素焼きびんが置かれる。
「カヘル侯、ごきげんよう」
ランダル王のすぐ脇に立って、白い前掛けをしめたその娘は、カヘルに向かって挨拶をする。生成色の長衣すそを左右にちょっとつまんで、頭上にむすんだ巨大な水色蝶々てがらをゆさっと揺らした。
「ごきげんよう、ロイ姫」
冷々淡々いつもと変わらぬ調子で言いはするけれども、カヘルの心だって洗われるような、目に清々しいうつくしい娘である。
つやつや白金の真っ直ぐおかっぱ髪、明るく澄んだ翠のひとみ、ぽよんと丸い頬は血色よくばら色に染まっている。たくさん食べてよく遊んで、めいっぱいの健康にみち満ちた、実にこどもらしい子どもだった。
――マグ・イーレのお姫さまだ、かーわゆーい!!
――お母ちゃんのいいとこ取り、遺伝がいい仕事してるぜ! けど中身は似ちゃいかん!
――でもって父ちゃん同様にでかい! まだ十にもなってないはずだよなぁ??
カヘル後方に座しているローディア・バンクラーナ・プローメルも、一様にまぶしげ目を細めて、生あたたかく微笑した。
「お久しぶりです。また大きくなられましたね」
「はい。ごゆっくり、どうぞ」
しかし少女は、素気ないような態度でカヘルに短く答えると、ふいと足早に行ってしまった。このくらいの年齢は容易にはにかむものだし、カヘルは全く気にかけない。
「あらら……。すみません、カヘル侯。お話もしないでロイちゃんたら、緊張しちゃっているんですわ。ごめんなさいまし」
「いえ、お気になさらず。ミーガン様」
ランダルの向こうから言ってよこした第三妃ミーガンに、カヘルは軽くうなづいてみせる。
おっとりふっくら和かい印象のこの人こそ、実質的なランダルの夫人であった。軍事活動に忙しい第二妃に代わり、城の離れにグラーニャの実子の双子と同居して、ずっとその面倒をみている。
「娘はね、テルポシエに一緒に行きたいのですよ。故人を迎えに行くのであって、楽しむ旅ではないのだから、と言い聞かせてはいるのだけれど……。本人もわかってはいるのでしょうけど、やっぱり気持ちが抑えられないみたいでね。悔しいものだから、ちょっと機嫌がわるいのです」
娘と呼び、一緒に住んで育ててはいるものの、ロイ姫にランダルの血は流れていないのである。
カヘルが目をやれば、傭兵達の囲むもう一つの長卓子の間で、くりくり巻き毛のゾイ王子がぱんの大籠を配っていた。これもマグ・イーレの慣習なのだが、年少の王族は料理人を手伝って、食卓の給仕をするのだ。
視線を戻すと、カヘル正面ではその双子の実母たるグラーニャ・エル・シエと実父のゲーツ・ルボが、のどかに皿のものを食べている。
「はぁ、やっと終わったわー。キリアンもデリアドの皆さんも、もう食べてくれているわねー? よい食欲をー」
だいぶくたびれた様相で、ニアヴが食卓にやってきた。グラーニャの隣に腰を下ろして自分の分の鉢皿を前に置き、ランダルと第三妃に目礼をする。鳶色大容量の巻き毛をぐるんと後ろにくくって、食べる準備だ。
これだけ見ていると、とても一国の元首代理、王妃には見えない。一日じゅう仕事をふるってこなしてきた、いかついおばさんである。ニアヴはそこで、くるりと背後に声をかけた。
「傭兵の皆さんも、よい食欲ー」
「うーす」
「押ー忍ぅぅぅ」
とたん、とどろくような野太い声の数々が返ってくる。
慣れっこになってしまっているマグ・イーレ人にとっては、どうってことない日常風景だ。しかしカヘル達にとっては、傭兵隊とニアヴの結びつきを見せつける、対象なき威嚇の咆哮に聞こえた。
イリー都市国家群、最貧と呼ばれるマグ・イーレ騎士団ではあるが(実際に軍予算はものすごく少ない)、同時に最強とも謳われるのは、この傭兵部隊によるところが大きい。騎士団と傭兵隊の連帯が、これほどまとまった軍は類を見なかった。
「あっ、キリアーン! よう久し振りぃー」
母親そっくりの鳶色大容量もこもこ髪を揺らし、マグ・イーレ第二王子のオーレイが食堂に入って来る。
こちらはランダル王とニアヴの実子、キリアン・ナ・カヘルにとっては年齢の近いいとこである。マグ・イーレ王家の中では、カヘルが一番気さくに接している人物かもしれない。軽く目礼を返しつつ、王子はまた貫禄をつけた……と、カヘルは思った。オーレイ王子は軍属医師として、城内に医療室をかまえている。
同じく医療関係者として挨拶に行っていたノスコが、オーレイの右脇で朗らかな表情を湛えている。もやし系ひょろひょろ衛生文官との対比で、オーレイの横幅がよけい壮大に見えた。さらに左脇にくっついているのがオーレイ夫人の非正規理術士、……似たもの夫婦でやはり壮大なる女性である。
もっともキュリ・ベルボの場合は、いかにもティルムン人といった明るい巻き毛にくっつけた無数のてがらや、とんぼ玉のじゃらじゃら装身具で、よりかさばって見えるのかもしれないが。
――うむ。変人大集合の現マグ・イーレ王家が、ついに一堂に会したか。私は親戚縁者ではあるが、もちろんその枠内には含まれない。絶対にだ。
本気でそう思っているのなら、わりと大間違いなり。キリアン・ナ・カヘル。