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デリアド戦隊、魚カレーを食す

 

・ ・ ・ ・ ・



 遺骨調査団の出立はくる眠月じゅういちがつ十三日の朝として、この日カヘル一行はマグ・イーレ城内に宿泊する。


 デリアド副騎士団長とその直属部下は、マグ・イーレ城の地上階大食堂に入って行った。その辺じゅう、革鎧を着たもさ・・苦しい男どもでいっぱいだが、満員会議の後なので余裕すら感じる。比較効果というのはじつに顕著なものだ。


 配膳台に続く列に並ぶ。大きな鉢皿にこんもりと盛られたのは、緑のつぶ豆と白いゆで麦に、刻みにんじんの混ざったもの。そこに黄金根うこんで煮られたとみられる、うみすずきのぶつ切り身がかぶさる。どさり!


 もわもわ白い湯気の立つそれを両手に持って、カヘル一行は空いている長い食卓の端につく。おや? 小っさくてわからなかったが、マグ・イーレ王の第二妃が正面に座って食べていた……。グラーニャは笑顔でひらり、とデリアド勢に手を振る。この国の王族は、こうして城の大食堂で傭兵らとともに毎度の食事をとるのを慣習にしているのだ。今は夕食だからほとんど帰宅しているが、昼食時にはここに濃灰外套のマグ・イーレ騎士も多く加わる。


 グラーニャに目礼をしてから、カヘル以下四名のデリアド騎士は、早速うみすずきを食べ始める。



――うっっまー!! ここんちの食堂は、もう本当にいつ来たっておいしいんだー!


――ふッ、やっぱ塩なんだよ。マグ・イーレ特産の天然塩! その中でも最高級の≪塩の華≫を、最後に振って決め手にしているんだろう……。いい仕事してるぜ、マグ・イーレ城の料理番。


――にしても一体いつになったら、デリアド塩田の質もここのに追いつくんだかなあ?



 ゆでられた穀類の上で、香料のしみた白身がほろろん、と弾ける。実は川魚派のカヘルだが、これには無抵抗で三振をゆるした。……美味!


 ついでに言うとデリアド騎士の黄土色外套は、黄金根うこん汁が少々はねたってへっちゃらである。


 そうしてカヘルと直属部下らが、素敵なうみすずきに無言の舌鼓を打っているところに、ふわっと声がかけられた。



「やあ、カヘル君!」


「陛下」



 反射的に立ち上がりかけたデリアド勢に、そのまま座ってと手をひらひらさせて、マグ・イーレ王は実に気さくにカヘルの隣席についた。そのすぐ後ろから、まろやかな容貌の年輩女性が笑いかけてくる。



「いやー、お疲れ様です! きつい季節にたいへんな行軍になるけれど。デリアドの皆さんが参加してくれて、皆も私も本当に心強いですよ。どうもありがとう」



 ランダル・エル・マグ・イーレ、五十代後半の王はやたら快活で喋り方も明るい人である。少し前までは不健康に青白くふとり、ずっと老けて見えていたものだが、現在は別人のようだ。


 病気の療養を理由に約二十年、隠居のような形をとっているランダル王は、近年になって少しずつ、ニアヴ率いるマグ・イーレ宮廷に復帰するようになった。政治軍事に口は出さぬが、学識方面より情勢分析にたずさわることが多々ある、と叔母ニアヴからカヘルは聞かされている。


 間近に見れば生気と知性に満ちたまなざし、しわの刻まれ肉の落ちた頬にはきっかりひげが刈り込まれている。後退した栗色髪にずいぶん白いものが混じって、苦悩を越えて昇華した人特有の威厳をもたせていた。質素な麻衣と藍色の毛織姿でも、まごうことなき賢王の風格なのである。



「ローディア侯、また会えて嬉しいですよ。プローメル侯は、一段と渋くなられましたね。ああバンクラーナ侯、食事の後でちょっとだけ時間ありますか? 最近入手した、革しおりの鑑定をですねぇ……」



 宮廷内、会議上での話は別として、この人の雑談は実に流暢かつ心地よいのである。誰と何を話しても、妙に面白く感じさせる不思議な力は、天性の資質なのだろうか。



「あれだけ人が入っていたから見えなかったと思うけど、私も先ほどの会議を隅っこで聞いていたんですよ。デリアドからのご遺族の方が一人、いらっしゃるんですね」



 飲めないイリー人中心の卓子に、今日は発泡林檎りんご果汁の入った素焼き瓶が何本も置かれている。地方から出てきている遺族らへのもてなしも兼ねて、少々豪華仕様の食事なのだ。



「自分も驚きました。女性の騎士のかたですな!」



 卓子の向こう側にちんまり座っているグラーニャ・エル・シエが、だいぶ身を乗り出して話に入ってきた。



「ええ。デリアド市庁舎の地勢課に勤務されている、文官のファイー侯です」



 ランダルが注いでくれた果汁の杯を手に、カヘルは淡々と第二妃に答える。



「ほ~、文官騎士なのですか。上背があって、実にしゅっとされている。にしても女性の騎士とは珍しい、今までに見た二人目だのう? ゲーツ」



 最後の辺りは、横にぬーんと座っている大男を見上げて言う第二妃であった。無表情にうなづく男は革鎧の上にマグ・イーレ騎士の濃灰外套を着て、傭兵なのだか騎士なのだか、知らぬ人には判別のつかない妙な体裁である。


 肩書は第二王妃の専用護衛傭兵、ゲーツ・ルボはその実グラーニャの公然の間男…… ごほん、もう皆知ってるよ状態の伴侶だった。



「地勢課ということは、地理にお詳しいのかな」



 みずからも果汁をごくりと飲んで、ランダル王が興味を持った様子で言う。



「ええ、実に優秀な方です。領内外の地勢地理に関する博識もすさまじいのですが、専門は≪巨石記念物≫の研究です。これまでにデリアド領内で起きた事件捜査にも、何度か助力していただきました」



 ここぞとファイーを讃えるカヘルだが、横でもそもそ食べるローディアは毛深き胸中で突込みを入れていた。



――う~ん! ふつうの人なら熱がこもるところなのに、副団長はやっぱり冷えひえ……矛盾だ、矛盾している。いやいいんだ、それでこそ副団長なんだし……。でも寒ッ。



 しかしカヘルが≪巨石記念物≫と冷やっこく言った途端、ランダル王は笑顔を浮かべてうなづく。



「なるほど。専門家・・・と言うのは彼女でしたか」




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