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鴻のパジャマ、操のパジャマ

珠子が駅での事件に巻き込まれて入院し無事退院してから、初めての日曜日。


「ミサオ、ママにあげるプレゼントはどうしたの?」


珠子の問いに


「あの事件の時、姫の近くに走り寄って私転んじゃったらしいの。気が動転して手に持っていた荷物を放ってしまったみたい」


操が情けない顔をした。


「ミサオ、心配かけてごめんね」


珠子が操に抱きついて見上げる。


「ううん。姫がこうやって元気になって嬉しいわ。それで、コウちゃんへの贈りものね、中身は無事なんだけど」


綺麗なラッピングが泥水を被ったみたいになっちゃったの、と操が悲しそうな声で言った。


「それを包み直す?」


「なんか縁起悪い気がしてね。それで…」


操は少し考えてから、


「もし姫が行けるようだったら、もう一度買いに行こうか。あの場所を通るのが嫌ならやめるけど」


珠子に提案した。


「行く。私、あそこを通るの平気だよ。行こう、行こう」


珠子が張り切った声を出す。


「前に買ったのは私が着ることにするわ。今日は色違いを選びましょう。そうと決まったら早速出かけようか」


「うん」


二人が出かける支度をしていると、


「タマコ、元気かぁ」


孝がインターホンに呼びかけた。

操が扉を開けた。上着を着てシロクマリュックを背負った珠子が小走りに玄関へやってくる。


「タカシ、私たちこれから駅の向こうに行くの。一緒に行こう」


そう言われた孝が操を見る。


「おばあちゃん、あの場所に行って大丈夫なの?」


孝の心配そうな顔を見て操が微笑む。


「姫があそこを通っても平気か確かめようと思って。私もそうだけど」


「あの…、怖かったことを思い出すフラ…何とか」


「フラッシュバックが起こらないかってこと?」


「うん」


「実は私も不安なんだけどね。でも駅の周辺って今後も必ず通るでしょう。だから勇気を出して行ってみようと思って」


「あの、おれもついて行っていいですか?」


「一緒に行ってくれる?」


孝が大きく頷いた。


「ありがとう、お願いします。月美さんに許可をもらってきて」


「うん、ちょっと待ってて」


孝は部屋を出るとジャケットを羽織ってすぐに戻ってきた。


「それじゃ行きましょう」


三人は駅に向かった。車道側に孝は立ち珠子の手をしっかり繋いで歩いた。

その後を操が見守りながら進む。

駅前広場が見えてきた。


「姫、大丈夫?」


操は後から珠子の耳もとで確認する。


「大丈夫だよ。ミサオはどうなの?」


珠子が立ち止まり振り返って操を見た。操が笑顔で右手をグーにして親指を立てた。

事件のあった駅のコンコースを通り過ぎショッピングモールに着いた。


「日曜日だから混んでいるわね」


操は想像以上の人混みに圧倒された。


「おばあちゃん、どうしたの」


「ミサオ?」


可愛い孫たちに聞かれて操は苦笑いを浮かべる。


「駅の周辺って平日しか来てなかったから、休日の混雑に驚いちゃったの」


三人は多くの買い物客にのみ込まれるようにモールの中を進んだ。




「お客様、前にもこれと同じものをお買い求めいただきましたね」


店のスタッフが操を覚えているようだった。


「ええ、実は私、それを欲しくなっちゃって自分のにしちゃったんです。で、着て寝たら翌朝の体がとても楽で。これはプレゼントしなくちゃって思いましてね」


操は、まだパッケージも開けていないパジャマをあたかも毎日愛用している(てい)で、色違いを購入してラッピングしてもらい今日の目的を果たした。


「ミサオ、プリンアラモード」


店を出ると珠子がおねだりする。


「とりあえず、この前入ったフルーツパーラーに行ってみましょうか」


「おばあちゃん、寄り道して大丈夫?」


孝が心配して聞く。

操が返事をする前に珠子が口を開いた。


「大丈夫。タカシ一緒にプリンアラモード食べよう」


孝は珠子に引っ張られながらパーラーの前に連れていかれる。


「混んでるね。姫、少し待つけど…」


「待つ!」


操が喋り終わる前に珠子が言った。


「わかったわ。待ちましょう」


操は入り口近くに置かれた用紙に自分の名前と人数を書いた。


「私たちの前に十人ぐらいいるわよ」


「タマコ立っていられるか?」


孝が病みあがりの珠子を心配する。


「プリンのためなら平気」


珠子は元気に答えた。




三人はパーラーで軽食とデザートを堪能してショッピングモールを後にした。

そして事件が起こった駅のコンコースを無事通り過ぎてアパートに戻った。

孝は、トイレとフルーツパーラーでの食事以外はずっと珠子の手を握っていた。


「タカシ君、ずっと姫についていてくれてありがとう」


操が礼を言うと、孝は小さく微笑みながら、お昼ごちそうさまでした、タマコまたな、と言って帰っていった。


「姫、コウちゃんにプレゼントを渡しに行こうか」


操と珠子は源の部屋を訪れた。


「母さん、珠子、どうしたの」


源が二人を奥に招いた。

操が綺麗なラッピングの包みを珠子に持たせた。


「ママ、これを着て体を休めてください」


珠子が鴻にプレゼントを渡した。


「え、珠子開けていい?」


「うん」


包装を解くとワインレッドのパジャマが現れた。


「源ちゃん、これって着ると体が楽になるやつだ」


鴻が嬉しそうに言う。


「よかったな。授乳で途切れ途切れの睡眠でも体がしんどくならないかもな」


「お義母さん、珠子、ありがとう。珠子、あなたの体は大丈夫なの?」


「凄く元気だよ。元太の顔を見ていい?」


珠子が言うと鴻が手を取って源と鴻の寝室に連れて行った。

二人の姿が消えると、源が小声で聞いた。


「母さん、あそこに行ってきたのか?」


「ええ。タカシ君と三人で行ってきた。姫も私も問題なくあの場所を通れたわ」


ショッピングモールの人出の方が多すぎて慄いた、と操は笑った。


「そうか、一安心だな。母さんも元太に会ってくれる」


「もちろんよ」


操と源も元太のいる部屋に向かった。


「で、最初に鴻に渡そうとして母さんが着ることにしたパジャマは何色なの?」


「ベビーピンク」

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