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孝とおばあちゃん

珠子が入院している病院から戻った三人は、操と孝がアパートの建物の前で車を降りて、源は車を駐車場へと動かした。


「母さん、飯食べてるのか?」


操の部屋の前まで戻ってきた源が聞くと、


「この四日間、何も食べられなかった。でも、やっと空腹を感じてきたかも」


操は胃の辺りを擦った。


「あの…お、おばあちゃん」


孝が恥ずかしそうな顔で操を呼んだ。


「タ、タカシ君」


操は驚いて声が上擦った。初めて孝から呼ばれた言葉だったから。


「そうだよな。孝君にとって母さんは、おばあちゃんだものな」


源がうんうんと頷いた。


「おばあちゃん、おれのところでごはん食べる?お母さんが今朝何か準備してた」


孝が操を誘った。


「母さん、ご馳走になれば。月美さんって料理が上手いんだろう、孝君。前に珠子にオムライスを教えてくれたんだよな」


源が孝の肩を軽く叩いた。孝が頷く。


「タマコのお父さんも食べませんか」


孝が誘ったが源はやんわり断った。


「ありがたいんだけど、鴻が心配だから俺は遠慮させてもらう。月美さんによろしく伝えて」


「そうね、コウちゃんは状況がわからなくて、ずっとやきもきしてるわね」


珠子が思ったより体調が良さそうだったことを早く鴻に話したいんだ、と源は自分の部屋に帰っていった。


「おばあちゃん、おれのところに行こう」


孝に手を引っ張られながら、操は柏の部屋に入った。


「ただいま」


「月美さん、おじゃまします」


「おかえりなさい。お義母さん奥へどうぞ」


月美が笑顔で出迎えた。


「珠子ちゃん、一般病棟に移れてよかったですね」


「ええ、一安心よ。タカシ君手を洗ってこよう」


孝と操が洗面所に消えると、二人とも明るい表情をしていたのでよかったと月美もほっとした。




源が部屋に帰ると、鴻が元太を抱いてこっちを見た。


「源ちゃん、おかえり」


「ただいま」


「珠子はどんな感じなの?」


「昨日と違って、話もできたし、帰りたいってだだをこねてた」


「そう、よかった」


鴻が抱いている元太を見た。


「元太、お姉ちゃん元気になってきたって。ほっとしたね。源ちゃん手を洗ってきて。元太、パパに抱っこしてもらおうね」


鴻は腕の中の新生児を洗面所から戻った源に渡すとキッチンに立った。


「お腹すいたでしょう。ちょっと待ってね」


冷蔵庫から朝作ったケチャップライスを出すと電子レンジにかけた。その間にふわふわのオムレツを作る。


「それって」


源がキッチンをのぞき込む。


「月美さんから教わったの」


鴻が温めたケチャップライスを混ぜて湯気を飛ばした。


「鶏ひき肉と冷凍保存していた刻みタマネギで手早くライスが作れて料理下手な私でもそこそこできるの」


柔らかそうなオムレツをケチャップライスに乗せて、テーブルに置くと鴻がぼそっと言った。


「珠子のとどっちが美味しいかなあ」


「これが珠子に作ってもらえなかったオムライスか」


源は元太を鴻に渡すと


「いただきます」


スプーンで卵をふわっと広げてオムライスを口に運んだ。


「美味い」


「そう、よかった」


鴻が笑顔を見せた。


「ごちそうさま」


あっという間に食べ終わった源が皿をシンクで洗って、お茶を淹れると鴻と自分の前に置いた。

お茶を啜る夫を鴻が見つめた。


「ねえ源ちゃん、珠子に何があったの?」


「うーん事件の詳しいことは、俺にはわからない。あの母さんが普通の状態じゃなかったから何を聞いても埒が明かなかった。とにかく悪い条件がたくさん重なって珠子は被害に遭った。そういう俺もあの子の今日の様子が落ち着いてたから話せる」


源は冷めてきたお茶をごくりと飲んだ。


「それにしたって、珠子をあんな目にあわせた奴は許さない」


一瞬、いつも穏やかな源の顔が怒りで別人のようになった。


「お医者さんは何て?」


鴻の声に源はいつもの表情にもどった。


「土砂降りの中、大きな水たまりにうつ伏せで倒れて、溺れた状態になったんじゃないかって。外傷はなかったけど、肺に水が溜まって呼吸困難になっていたって言われた。高熱も出て最悪後遺症も覚悟してって言うもんだからさ、ドクターは悪くないんだけど俺睨んじゃった」


「そんなに重症だったのね。源ちゃん、私に気を使って自分だけで抱え込んでたんだ。ごめんね」


「そうじゃない。鴻は元太の面倒を見るのが一番大事だ。それに珠子は強い子だから、絶対元気になるって思えたんだ」




柏の部屋では、操と孝が食卓で食事をしていた。最初に出されたのは干し貝柱の中華粥だ。


「お義母さん、久しぶりの食事でしょう。これ、胃に優しいからゆっくり召し上がって。熱いから気をつけてくださいね」


月美が麦茶のグラスを操の前に置きながら言った。

熱いと注意されたのに空腹感といい匂いのため、熱っと言いながら操はがっついて粥を口に運んだ。

月美は微笑んで操の食べる姿を見つめた。


「月美さん、すっごく美味しい。熱っ」


「おばあちゃん、ゆっくり」


孝が注意する。


「孝、今…」


月美が驚いた顔をする。


「そうなの。タカシ君ね私をおばあちゃんって言ってくれたの」


操が嬉しそうに言った。


「練習してたものね。照れてなかなか口にできなかったのよね。お義母さん、あまり辛くない麻婆豆腐召し上がります?」


「いただきます!」


すっかり平常通りに戻った胃袋が食べたいと訴えていると操が月美に告白した。


「お義母さん、ステキです」


月美が笑顔を見せる。

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