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キセキの一枚

「月美さん、姫をよろしくお願いします」


「珠子をお願いします」


金曜日の朝、操と源が珠子を預けに柏の部屋を訪れた。


「いよいよ、元太(げんた)君が来るんですね。珠子ちゃんは、責任を持ってお預かりします。珠子ちゃん、おはよう」


柏の妻、月美が笑顔で珠子を迎えた。


「月美さん、おはようございます。おじゃまします」


珠子はいつもより礼儀正しくお辞儀をして、柏の部屋にあがった。父である源に、元太のお姉ちゃんとして大人っぽさを見せたかったのだ。


「パパ、ミサオ、いってらっしゃい」


「いってきます」


操と源は、鴻と生まれたばかりの元太を迎えに産院に向かった。




「珠子ちゃん、お姉ちゃんになったのね」


月美が発したお姉ちゃんという言葉に、珠子はくすぐったそうな顔をして頷いた。


「月美さん、何かお手伝いすることはありますか?」


「特にないわ。珠子ちゃん、のんびりしていて。朝ごはんは食べた?」


月美に聞かれて、珠子はうん、と言った。


「タカシは何時ごろ帰ってくるのかな?」


「そうね、今日は珠子ちゃんを預かるって、あの子も知ってるから急いで帰ってくるでしょうけど、でも午後になっちゃうかな」


「午後かあ。月美さん、タカシの部屋をちょっと覗いてもいい?」


「珠子ちゃんならいいわよ」


月美から許可をもらったので、わくわくしながら孝の部屋のドアを開けた。

結構片づいている部屋は、前に泊まった時と変わりなかった。珠子はその時寝かせてもらった孝のベッドに腰を下ろした。そのまま部屋を見回す。

部屋の角に置かれている勉強机の上には人体の図鑑や動物の図鑑、漫画でわかる歴史といった本が並んでいる。その奥にフォトフレームを見つけた。珠子は立ち上がると机の前に行き、手を伸ばしてそれを取ろうとしたが届かなかった。


「珠子ちゃん、ココア飲む?」


月美が顔を見せた。


「いただきます。月美さん、あの写真が見たいんだけど」


珠子はフォトフレームを指さした。


「ああ、いいわよ」


月美が机の奥に飾られていた写真を手にすると珠子に渡した。

それは、柊の結婚式で珠子と孝がベールガールとボーイをしたときのワンシーンだった。孝の頬に珠子がキスをしているように見える。

珠子は顔を紅くしながらその写真を見つめた。


「それね、奇跡の一枚なのよ」


月美が微笑んだ。


「キセキ?」


「そう。多分、美雪さんの後ろを行進していた時、孝が一瞬ベールから手を離してしまって急いで掴もうと腰を低くしたみたい。私はその瞬間を見てないんだけど」


月美の話を聞いて珠子はその時のことを思い出した。


「うん。一回そんなことがあった」


「柏君がね、行進してるところを連写してたんだけど、孝が屈んで珠子ちゃんが孝に顔を向けた瞬間が写っていたの」


「すごい」


「で、二人の胸から上の部分をトリミングしてプリントしたのがその写真よ」


「私も、この写真欲しい」


珠子が呟いた。


「柏君に頼んでおくわ」


月美が言うと、珠子は嬉しそうに頷いた。


「さ、あっちでココアを飲みましょう」


月美はフォトフレームを机に戻した。


「熱いからゆっくり飲んでね」


「いただきます」


ふーふーしながらココアを美味しそうにすする珠子を月美は優しく見つめた。


「珠子ちゃん、孝と仲良くしてくれてありがとうね」


「だって、私、タカシが大好きだから」


珠子は口の周りにココアの泡をつけながら笑顔を見せた。


「あの子も珠子ちゃんが大好きなの。この間ね、珠子ちゃんのどこが好きなのか聞いたのね。そうしたら」


「ん?そうしたら?」


「全部なんですって」


月美の言葉に顔が紅く熱くなった珠子は、それをごまかすためにココアをぐっと飲んで、(あち)っと口の中を少し火傷した。


「大丈夫?」


月美が慌てて冷たい水を持ってきた。


「ありがとうございます」


珠子は口の中を冷水で満たした。

そんな珠子を優しく見守る月美が言った。


「孝が、あなたを好きなのがなんかわかった」


「?」


何処(どこ)がとか何がとかじゃないのね。理屈じゃないんだわ。言葉で表せない何かがあの子と珠子ちゃんを結びつけてるのね」


「?」


「ああ、ごめんなさい。訳がわからないことを言っちゃって。おばさんの独り言なの。気にしないでね」


月美が笑うと珠子もつられて笑った。


「月美さん、結婚式やらないの?」


珠子は気になっていたことを聞いた。


「やらない、やらない。花嫁衣装を着る年でもないし」


「カシワ君は月美さんの花嫁姿を見たいみたいだよ」


珠子が言うと、うん言ってたね、と月美が頷いた。


「私、親も親戚もいないし、柏君より年上だし、式を挙げるのはちょっと」


月美は寂しそうな顔をした。


「写真だけでも撮ったらどうですか?さっき見たタカシとの写真に私、凄く感激したの。絶対素敵な記念になると思います」


珠子が力説した。


「そうね。柏君に相談する」


「うん。写真を撮るとき、私もついてっていい?」


珠子が聞くと、月美はにっこり笑った。


「ええ、もちろん」

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