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弟の誕生(2)

源にお姫様抱っこされたまま、珠子は鴻が休んでいる部屋に入った。

小さなマスクを着けられ両手をアルコール消毒されても、珠子は目を覚まさなかった。

その様子を見て、鴻が驚いた顔で言った。


「珠子、どうしちゃったの?」


「分娩室に入れなかったから、部屋の外からコウちゃんの手を握ったのよ、この子」


操が、これは私の想像だけどと前置きをして、分娩室の外で珠子が何をしていたのかを鴻と源に話した。


「姫はね、まだ小さいから力のコントロールができなくて、頑張り過ぎると体力の限界を超えちゃうの。それだけコウちゃんを応援したかったんだと思うわ」


「源ちゃん、もっとこっちに来て。珠子に触らせて」


鴻が横になったまま手を伸ばした。

珠子を抱いた源が鴻の手が届く位置に行き倚子に腰かけた。

鴻の手が珠子の頬を優しく撫でる。


「珠子、ありがとう。無事にあなたの弟を産むことができたよ」


そして珠子の手を取り


「私の手を握ってくれて、凄く心強かった」


今度は鴻がそっと握った。

それが合図のように珠子の瞼が開いた。

まだ、体が動かないのか、目だけを動かして鴻の姿を確認した。


「ママ、大丈夫?疲れた?」


そう問う珠子に


「ママは大丈夫よ。珠子が手を握ってくれてたから。お姉ちゃん、ありがとう」


鴻が笑顔を見せた。珠子は満足そうな顔で瞼を閉じた。




鴻の休息部屋を出た三人は廊下の長椅子に腰を下ろした。

珠子はまだ源の腕の中だ。


「鴻はあと一時間ぐらい今の部屋で休むらしいし、赤ん坊もすぐには会えないみたい。俺は当分の間こっちにいるけど、母さんたちどうする?」


「そうね、姫が目を開けたら帰るわ」


「わかった」




昼過ぎ、アパートに戻った操と珠子は遅い昼食の準備をしていた。


「ミサオ、この串でくるくるやっていい?」


倚子に膝をついて、いつもより高い目線でたこ焼き器を見下ろしながら珠子はたこ焼きを丸め始めた。


「姫、上手(うま)いじゃない」


操が感心して褒めた。


「ふふっ」


珠子は得意気に笑った。


「さすが、お姉ちゃん」


操が更に持ち上げると


「タカシにも食べてもらいたいな」


珠子は呟いた。

それが聞こえていたかのようなタイミングで、インターホンから孝の声がした。


「タマコいる?あれ、なんかいい匂い」


操が扉を開けると孝が瓶入りのリンゴジュースを持って来た。


「タカシ君、姫がたこ焼きを焼いてるの。一緒に食べる?」


操が聞くと孝は大きく頷いた。


「でも、タマコ具合が悪いんじゃないのか?」


「なんで?」


孝の疑問に珠子も疑問で答えた。


「ああ、なるほど」


操が笑いながら言った。


「いつもタカシ君の見送りをしていた姫が今朝はいなかったから、体調が悪いのかもって心配してくれたのね」


孝はジュースの瓶を抱きしめて頷いた。


「タマコ風邪をひいたのかもって話したら、お母さんがこれを持って行きなさいって」


リンゴジュースを操に渡した。


「ありがとう。今朝は私たち、姫のお母さんがいる病院に行っていたの」


「赤ちゃん生まれたの?」


孝が珠子を見た。


「タカシ、私、お姉ちゃんになっちゃった」


「凄いじゃん」


「ありがとう、タカシ君。さあ座って。一緒にたこ焼き食べましょう」


操は孝を食卓の倚子に座らせた。

珠子は焼き上がったたこ焼きを串に刺して皿に移した。操がソースとマヨネーズをかけて青のりと鰹節を散らすと


「ありあわせだから、たこの代わりにツナとチーズを入れたやつよ。熱いから気をつけて」


爪楊枝を刺して孝の前に置いた。


「タマコ、美味い」


孝ははふはふしながら言った。

三人は孝持参のリンゴジュースと、たこ無したこ焼きでお腹がいっぱいになった。




翌日の午後、源と操と珠子は鴻の入院室を訪ねた。

鴻のベッドのすぐ横にある揺り籠のようなベッドで小さな小さな赤ちゃんが眠っていた。初めて会った珠子と操はその可愛らしい寝顔に言葉が出なかった。


「珠子、体は大丈夫?」


鴻が聞くと


「すっごく元気だよ。ママは?」


珠子は赤ちゃんを起こさないように小さな声で鴻の体を気遣った。


「私も体調いいわ。ねえ、お姉ちゃん、弟の顔をしっかり見てあげて」


鴻に言われて珠子は新生児用ベッドの赤ちゃんのすぐ傍に立った。その子は小さな手をぎゅっとグーにして気持ちよさそうに眠っていた。


「可愛い。こんなに小さい手」


珠子の人差し指が赤ちゃんの手に触れるとグーにしていた手を一瞬開き珠子の指をぎゅっと握った。

驚いた珠子は何も言えず、ただ自分の指を握りしめている弟の手を見つめた。

明るい素晴らしい世界へようこそ、と珠子は心の中で弟に話しかけた。

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