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珠子、宅配便の荷を受け取る

「タカシ、いってらっしゃい」


今朝も珠子はランドセルを背負った孝を見送った。孝は何度も振り返りながらアパートの敷地を出て行った。


「行っちゃった。早く帰ってこないかな」


などと言いながら珠子は部屋に戻ろうとした。


「おはようございます。大家さんのお孫さん、ええと…珠子ちゃん」


後ろから声をかけられて珠子は振り返った。確か変わった植物を育てているお姉さん…でも名前が思い出せない珠子だった。


「お姉さんは面白い形の草を育てている」


「そう、覚えていてくれた?204号室の

相沢雅あいざわみやびです。大家さんいます?」


「はい。どうぞ」


珠子は玄関の扉を開けると


「ミサオ、相沢さんだよ」


大きな声をかけた。


「はいはい」


操が顔を出して雅の顔を見ると


「相沢さん、おはようございます。どうされました」


何となく想像がついたが聞いてみた。

思った通り、今日宅配が届くので受け取っておいて欲しいと言われ認印を渡された。操の眉がわずかに動いたのを見て珠子が耳打ちした。


「私、受け取れるよ」


操は珠子にコクンと頷くと


「はい。受け取りしておきますね」


雅に笑顔を向けた。


「よろしくお願いします」


雅がお辞儀をして操の部屋を後にした。


「いってらっしゃい」


珠子と操が手を振って見送った。

玄関扉が閉まると操が珠子に確認した。


「姫、一人で宅配の受け取りをちゃんとできる?」


「うん。大丈夫。インターホンのモニターで確認してから扉を開けて荷物を受け取ってハンコを押せばいいんでしょ」


珠子が任せてっと得意気に言った。


「私がいる間に宅配が来てくれればいいんだけど」


操は午後に鴻の入院している産院に行く事になっていた。


「私と入れ替えで源がこっちに戻るから、この部屋で姫と一緒にいてもらうわね」


「パパ、ここに来るの?」


珠子の声が明るい。


「ええ。今、コウちゃんについているんだけど、午後に戻るわ」


「わかった」


珠子はぱっと花が咲いたような笑顔を操に向けた。




昼食を終えて、操は出かける準備をした。


「ママは元気かなぁ」


珠子は独り言のような小さな声で言った。


「大丈夫。コウちゃんもあなたの弟も落ち着いているようよ。そろそろ、私、出かけるわね」


玄関に向かった操の後を珠子がついて行った。


「うん。いってらっしゃい。ママによろしくね」


操が靴を履くと


「それじゃ、いってきます。私が出たら鍵をかけてね」


「はい」


操は出かけて行った。

一時間ほどするとインターホンが鳴った。珠子はモニターの下に置いておいた折りたたみ式の踏み台を立てて乗ると来客の姿を確認した。


「パパ!」


踏み台から飛び降りると玄関へダッシュして扉の鍵を開けた。


「珠子、ただいま」


源は扉が開くと同時に飛び出した珠子を抱きとめた。


「パパ、おかえり」


「珠子、誕生日に帰って来れなくてごめんな」


5歳の珠子に源が言った。


「謝らなくていいよ。ヒイラギ君の結婚式で会えたじゃない」


「そうだな。でも、それから少しの間に珠子は大人っぽくなったぞ」


大好きな父親の感想に、うふっと珠子は色っぽく笑った。

珠子をソファーに座らせると、源も隣に座った。


「母さんから聞いたんだけどさ、鴻が入院した日は柏のところに泊まったんだって」


源が聞くと、珠子がうん、と頷いた。


「タカシのベッドで寝かせてもらったの」


「孝君と一緒に?」


源が動揺した声をあげた。


「違うよ。タカシは床に布団を敷いて寝た」


珠子の返事にほっと安堵した源だった。


「そうか」


「私は一緒に寝てもよかったんだけど」


「それはダメだよ。珠子はレディなんだから」


「カシワ君も同じことを言ってた」


「そうか」


「ねえパパ、ママは元気なの?」


珠子は今一番気になっていることを聞いた。


「安心して。鴻は元気だし、お腹の子もすくすく育っているって医者が言ってた」


「よかった」


珠子が嬉しい気持ちになったとき、インターホンが鳴った。源が立ち上がろうとしたのを制して、珠子がモニターのところへ急いだ。畳んだ踏み台を開いて乗ると


「どちら様ですか」


モニターのマイクに話しかけた。


「宅配便です」


「今開けまーす」


珠子は踏み台から下りると玄関の扉を開けた。


「相沢雅さん宛の荷物なんですが、そちらで受けていただけると聞きました」


「はい。私が受け取ります」


珠子は雅から預かった認印を伝票に押して荷物を受け取った。


「ありがとうございました」


宅配便のスタッフがお辞儀をして帰っていった。


「どうもです」


珠子は、受け取った結構軽い小さな段ボール箱を持って源が座っているソファーの前のテーブルに置いた。


「これ、なあに」


源が聞いた。


「204号室の相沢さんの荷物を受け取って預かってるの」


「へえ。珠子は宅配便の受け取りもできるようになったのか。どんどん大人になって、パパから離れて行っちゃう気がするな」


源は子どもの成長が嬉しい反面少し寂しい気分になった。




夕方、操が病院から戻ってきた。


「ミサオおかえり」


珠子を抱きかかえて源が出てきた。


「姫、ただいま。源、どうもね」


「母さん、お疲れさま。いろいろありがとうな」


「あんたこそ、コウちゃんへの愛をビシバシ感じるわよ」


「そりゃそうだな」


「ごちそうさま。で、コウちゃんそろそろかもって先生が」


「どんな感じなの」


「今夜から明日の早朝辺りに陣痛が始まるかも知れないって。だから源は、食事をして早めに寝なさい。『うまどん』に寄ってミックス天丼買ってきたから食べちゃいましょう」


それを聞いていた珠子が電気ポットをセットした。




三人で簡単な夕食を済ませると、源は自分の部屋で少し寝ると言って立ち上がった。


「私もパパと寝る」


と珠子も倚子から立った。


「姫、源は病院から連絡があったら、すぐ出かけるから、今夜はここにいなさい」


操が珠子を制した。


「ごめんな珠子。今回は産後休業をとったから結構長くここにいるよ。日を改めて一緒にいような」


「うん。わかった」


しょんぼりした珠子を抱き上げると源は優しく頬ずりした。

操の部屋を後にした源の後ろ姿を見送った珠子は誕生日にプレゼントされたシロクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてため息をついた。そんな様子を見ていた操は明るく珠子に聞いた。


「姫、宅配便の受け取り上手くできたのね」


「うん。バッチリだよ。相沢さん、どんな葉っぱを買ったのかな」


「そうね。私たちが想像できない形かもね」


午後九時を回ったころ、相沢雅が荷物を取りに来た。


「ありがとうございました」


雅は操から段ボール箱と認印を受け取った。


「面白い形の植物なんですか?」


操が聞くと


「ええ、名前はややこしいんですけど面白い形の子なんです。下は膨らんでいて上の方はビロードみたいな白い短毛に覆われているんです。葉っぱも角度でピンク色っぽく見えたりして可愛らしいし。これから寒い季節に成長するので楽しみなんですよ」


雅が嬉しそうな顔をした。


「ところで大家さん、新しく入居した魚住さんてどんな方なんですか?」


雅が聞くので操は少し緊張した。


「なんか、気になることでもありました?」


操の問いに、雅はもじもじした。


「あの、ちょっと格好良いなと思って。彼の情報を聞けたらなと…」


操は揉め事でなくてほっとした。


「ごめんなさい。私も入居の面談のときに挨拶と少し話をしただけで。今は個人情報とかうるさいから、何も言えないわ。この間、朝に挨拶されたけど感じ良かったわよ。ちょっと強面だけど」


「確かに、目元がちょっと怖いかも」


雅と操は顔を見合わせて笑った。

お世話さまでした。おやすみなさいと言って相沢雅は帰っていった。

操が寝室を覗くと、ベッドで珠子が気持ち良さそうに小さな寝息をたてていた。


「やっぱり、姫は天使だわね」


操の顔がゆるゆるの微笑みになった。




明け方四時過ぎ、源の携帯電話に鴻の入院している産院からの連絡が入った。

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