珠子と操と家族会議
「一体、どうしたんだ。何か起きた」
「二人共狙われたって」
「いつから、そんな事に」
「心当たりは無いの?」
ここはアパート『ハイツ一ツ谷』の101号室、神波操の部屋だ。操はこのアパートの大家で、彼女の家族──息子たち・娘たち・息子の嫁がこのアパートの四つの部屋を振り分けて住んでいる。そして最愛の孫娘の『姫』こと神波珠子は訳あって操と暮らしている。
今、操のところに彼女の家族全員が集まったのは、昨日、操と珠子が出先で事件に巻き込まれたからだ。しかも殺人未遂なのでかなりシリアスな問題である。
「昨日何が起きたのか詳しく話してくれないか」
長男の源が口を開いた。
普段彼は単身赴任で殆どここにいないのだが、事態が事態なので急遽戻って来た。
「昨日の午前中、208号室の美大生のリョウ君がここで姫をデッサンしていたの。それはそれは素晴らしい出来でね。それが終わって彼が帰ると、私と姫は駅前のイタリアンの店でお昼を食べて、その時、姫が気づいたの。私の後の席に男が座っていたんだけどね。前日に私たちの後をつけてた人物だったのよ。食事が終わって店を出るとやはりそいつがついて来たの。駅前だし人通りも多いから、ここでは何もしないだろうと思って普通に信号待ちをしていたら、私たちを真後ろから押そうとしていたんですって。交差点の防犯カメラに映っていて見せてもらった」
操はここまで一気に話して喉が渇いたのか、湯呑みのお茶を飲み干した。
「そいつは普通じゃ無い。よく無事だったね」
三男の柊が怒りを噛み殺して言った。
「リョウ君がここを出てコンビニに行こうとしたら私たちが後をつけられてるのを目撃して、その後を追ってくれたの。前日に後をつけられたっていうのがね、リョウ君のアトリエに遊びに行く道すがらで、丁度迎えに出て来てくれた彼もそいつを見てたのよ。だから気になったみたいで私たちが食事を終えて出て来るまで待機してくれてそして犯行直前に取り押さえてくれたの」
「それはリョウ君大手柄だね」
次男の柏が手を叩いた。
「だけどさ、そのリョウって奴のことまるっきり信用して良いのかな」
柊は納得いかないようだった。
「母さんとタマコを押そうとした奴、頼まれてやったって言ってんだろう。今の話だとリョウがやたら関わってる。もしかしてグルだったりして」
柊の話を遮るように
「リョウ君は悪い人じゃないよ!」
珠子が叫んだ。皆一斉に珠子を見た。
「タマコちゃんの気持ちも分かるけど、リョウ君、登場のタイミングが良すぎるかも」
「そうだね」
双子の姉妹茜と藍も美大生の彼を疑った。
「そんなことないよ!だってリョウ君の周りは正義でいっぱいなんだから。私たちを押そうとした犯人の周りの雰囲気とは全然違うの」
珠子は顔を真っ赤にして訴えた。
「周りって何?」
藍が疑問を投げかける。
「オーラって話?」
茜も首を傾げる。
「タマコはいろいろ感じる事ができるんだよな」
柊が言った。
「タマコのこの体質って言うか能力って言うか…とにかくタマコのお陰で俺と柏の小さな友人は親からのネグレクトから救われてる」
「そう言えば、あの時母さんも、なんか不思議だった。俺たちの小さな友人の両手を握って、その時言葉は交わしてないのに彼と何か通じ合ってたみたいだった」
柏もそのシーンを思い出していた。
それを聞いていた操は、鴻が淹れてくれたお茶を啜って話し始めた。
「あのね、何から話したら良いかな。とても信じがたい事なんだけど、私の実家つまり一ツ谷家はね代々不思議な力を持った子どもが生まれるの、一代置きに。つまり隔世遺伝ね。ま、能力と言っても第六感的なものなんだけどね。勘が鋭いとか相手の気持ちが読めるとか、そういった類い。ただし、この事は他言無用よ」
「隔世遺伝なのか」
源が言いながら我が子である珠子を見た。
「そう。私は相手の気持ちを強く感じることができるの。凄く集中する必要があるけどね。そして姫は」
操は珠子を後からハグしながら話を続けた。
「この子は集中して人を見るとその周りにいろいろなものが見えてくる──のよね」
珠子に問いかけると彼女はコクンと頷いた。
「鴻ちゃん、姫が生まれた時、あなたはもちろんこの子が愛おしかった。その反面、怖かったのよね、この視線が」
操の言葉に鴻はぽろりと涙をこぼした。彼女は珠子と一緒にいたいのに、その視線の強さに耐えられなくて我が子を操に託したのだ。母と娘の力を薄々感じていたのか源もこの事は了承していた。
「タマコちゃんがお母さんと一緒に住んでいる理由はそういう事だったのね。コウ姉さんと暮らしてないのを凄く疑問に思っていたけど、何か聞いてはいけないのかなって口にできなかったんだ」
茜は納得したようだ。
「あー、私も不思議な力が欲しかったな」
藍が羨ましそうな視線を珠子に送った。
「ところで、結局、母さんと珠子が狙われた理由って何なの。二人の能力って言うか体質って、家族の俺たちも今初めて聞いたんだよ。って事は他人が知る訳ない筈なのに。押そうとした奴は頼まれてやったって言ってるんだろ。誰が何の為に指示したんだろう」
「昨日交番であの男はそれ以外一切喋らなかったから、何も分からないの」
操は両手のひらを上に向けてお手上げポーズをした。
「一人捕まったからって全く安心できないな。かと言ってずっと部屋に閉じ籠もるわけにもいかない」
「交番の警察官がこの辺りの巡回を頻繁にしてくれるって言っていた」
「なあ、母さん、夜中でも、昼間俺たちが仕事中の時間でも気にしないで良いから、少しでもおかしな事があったら必ず連絡してくれよ。タマコも母さんの携帯電話の使い方教えてもらってくれ」
頼り甲斐のある息子たちの言葉に、操と珠子は『はい』と頷いた
とりあえず今日のところは解散ということで、それぞれの部屋へ戻っていった。
今、ここにいるのは操と珠子と源と鴻だ。
「ゲンとコウちゃんには、一ツ谷の家の事をもっと早く話しておくべきだったわね。でも、この事を言ってあなたたちに変に構えられても困るし、隔世遺伝ていっても必ず特性が現れるわけでもないから、こんな事が起こらなければ伝えたく無かったの。でも、姫の能力は私が見ても驚くほど強いわ」
操は珠子の頭を撫でながら言った。
「赤ちゃんの時は特に力のコントロールが上手くできなくて姫の目力が強かったのね。コウちゃんがこの子を見て恐怖を感じるのは自然なことよ。でもね、姫はあなたたちを見ていつも思っていたんですって」
操が珠子を促した。
「ママとパパの周りにね、私のことが凄く好き凄く大切だって思いを感じてたの。とってもうれしかった」
鴻は珠子を強く抱きしめた。珠子は鴻の腕の中で言った。
「ママ、パパ、大好き」