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珠子と孝のバースデー(2)

九月十六日の午後、孝がランドセルを背負ったまま操の部屋へやって来た。


「タカシ、おかえり」


珠子が小走りに出てきた。


「タマコただいま」


孝は珠子に手を引っ張られながら奥のソファーへ連れて行かれた。


「タカシ君、おかえりなさい。準備ができるまで姫を頼むわね」


操が麦茶のグラスを二人の前に置いた。

孝はニコッとして頷いた。

操がキッチンに行ってしまうと、珠子は孝にぴたりとくっ付いて囁くような小さな声で話しかけた。孝はどきどきしながら話を聞いた。


「タカシ、ここの上にママがいるのに、なんで私がミサオと暮らしているのか教えてあげる」


「たしかに、なんでお母さんと一緒に住まないの?」


「ママはね、私が怖いんだって」


孝は、えっ、どういうこと?という顔をした。


「私ね、普通の子どもと違うでしょう」


「おまえは、おれと同じ普通の子どもだよ」


孝は珠子の言うことを否定した。


「タカシはそう思ってくれるけど、ママは私を普通じゃないと思ってるの。パパがこっちにいないから、私と二人になるのは怖いみたい」


「タマコはお母さんと一緒にいなくて寂しくないのか」


「寂しいけど、ママの辛そうな顔は見たくないし、ミサオが私を大事にしてくれてるから」


話す珠子の顔を見て孝はぼそっと聞いた。


「あのさ、おれもおまえも生まれて良かったのかな。あっ、ごめん。変なことを言って」


「変なことじゃないよ。とっても大事なこと。私は変な力を持って生まれたけど、ママは私を怖がるけど、私を愛してるよ。それは私、ちゃんとわかってるの。タカシのママもタカシが大好きで大切で、だからタカシは生まれたんだよ。大事なタカシと一緒に生きていきたいから、ママは自分なりに頑張ってたんだよ。タカシに我慢をさせたかも知れないけど」


「そうなのかな」


「うん、そうだよ。今私たちって、私たちを

大事に思ってくれてる人たちに囲まれていると思わない?」


「思う」


「タカシのママやカシワ君やミサオやヒイラギ君だってそうだし、きっとノッシーも大事に思ってくれてる」


「うん」


「その中でも」


珠子が更に声を潜めて話す。


「私がタカシを一番大事に思ってるよ」


孝の顔はぼうっと炎があがりそうなほど紅くなった。


「お、おまえさ、いくつだよ。4歳じゃないよな」


「うん。今日で5歳。で、タカシは今日で11歳」


「そうだよ」


「11歳になったタカシは私のこと大事なのかな」


珠子が孝を見つめる。

5歳になった彼女の視線は11歳の孝の全身が心臓になったみたいにさせた。


「だ、大事に、き、決まってる」


「よかった。ねえ、ケーキのロウソクの火を一緒にふうってしてくれる」


「わ、わかった」


キッチンからソファーの二人の様子を覗っていた操は、月美に連絡を入れ


「そっちが準備できてれば、こっちに来て」


玄関の扉を開放した。




ダイニングテーブルに所狭しと月美の手料理が並んだ。青のり風味のから揚げ、サーモンとアボカドのサラダ、スペアリブのトマト煮、シソが入ったチーズ巻、ポテトサラダ、タコのから揚げ、一口おにぎり等々。ほとんど孝の好物ばかりだ。真ん中には、商店街にある『ぶるうすたあ』のフルーツがたっぷり使われたホールケーキが置かれた。

ピンクのロウソク5本と水色のロウソク1本と大きいのが1本、5歳と11歳のバースデーケーキだ。

部屋の灯りを落としてロウソクに火を灯した。

みんなでハッピーバースデーを歌って


「さ、二人でふうっとして」


操が珠子と孝を見た。


「タカシ」


珠子が向かい合った孝に合図をする。


「いち、にの、さん」


二人でロウソクの火に息を吹きかけた。一瞬で火は消え部屋は薄暗くなった。

操が灯りをつけ


「姫、タカシ君、お誕生日おめでとう」


大人たちが拍手をした。

珠子と孝はくすぐったそうにお互いを見つめた。

月美の料理はどれも美味しく、集まった五人は次々と皿を空にしていった。


「二人とも私たちのところに生まれてくれてありがとう」


操・柏・月美は声を揃えて、珠子と孝にプレゼントを渡した。




お腹がいっぱいでキャッキャッとはしゃいでいた今日の主役二人はシロクマのぬいぐるみとアウトドア向けウォッチを抱きながらソファーで寝息を立てていた。


「頑なに、おれの誕生日会は必要ないって散々言っていたタカシが……どうしたんだろう」


柏は首を傾げた。


「本当、あの子は誕生日をずっと(きら)っていたのに、さっきのはしゃぎようったら、びっくりしました」


月美も嬉しそうに驚いていた。


「母さん、あいつをどう説得したの?」


柏の質問に、私じゃなくて姫よ、と操が笑った。


「タマコがどうやって?」


「ふふふ、あの子凄いわよ。タカシ君を色仕掛けでメロメロにしてケーキのロウソクの火を消させたのよ」


操が思い出し笑いをした。


「色仕掛けって……確かにタマコならあり得るな」


柏が納得した。


「まあ姫の技はタカシ君限定だけどね」


「あの子が誕生日にあんな笑顔だったのは初めてです」


月美が目に涙を浮かべた。


「この子たちは我が家の宝だからね」


操は二人の寝顔を見て破顔した。

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