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珠子と孝のバースデー(1)

「姫、もうすぐ5歳ね。今年はどんなお祝いをしようか」


操は一人呟いた。

九月十六日は珠子の誕生日だ。

操は考えた。今年は結婚や妊娠や間もなくの出産など、みんなばたばたした日々を過ごしているので全員集合とはいかない。操が一人悩んでいると、珠子が心配そうに傍にきた。


「ミサオ、どうしたの。具合いが悪いの?」


「違う違う。私は元気よ。ねえ、姫、誕生日のお祝いどんなのがいい?」


「私の誕生日?」


「そう」


「何もしなくていいよ」


「そうはいかないわ。私の大事な姫の誕生日だもの」


「私、ミサオが一緒にいてくれればいいの」


珠子はそう言ってから少し考えて、


「もしタカシもいてくれたら嬉しいかな」


恥ずかしそうに言った。


「それじゃ、姫とタカシ君と私で誕生日会しようか」


操の案に珠子はこくんと頷いた。




「タカシ君、姫の誕生日を一緒に祝ってくれる?」


「もちろん!」


「良かった。姫のリクエストだったのよ」


操の言葉に孝は嬉しくなった。

珠子が昼寝をしているのを見はからって、孝に操の部屋に来てもらいどんなお祝いをするか二人で考えた。


「外でごはんを食べるか、ここでケーキにロウソクを立ててお祝いするか、三人で遊園地に遊びに行くか。どんなのがいいかな」


操の案に孝は、ここでお祝いしたいと言った。

そんなことを話していると、目が覚めた珠子が目元を擦りながら二人のところにやって来た。


「あ、タカシ」


「うん」


「どうしたの?」


「誕生日会の話をしてた」


孝が言った。


「タカシと私の誕生日会?」


「あれ、タカシ君も誕生日近いんだっけ」


操が慌てた。


「タカシと私、誕生日一緒だよ」


珠子が言った。


「おれ、タマコに生まれた日教えたっけ?」


孝の質問に、聞いてないよと珠子は答えた。でも知ってると彼女は言った。


「じゃあ、タカシ君と姫の誕生日会ってことで、月美さんとカシワも招集だわね」


操は張り切った。


「おれのは、いいんだ。おれの誕生日は祝う必要はないよ。タマコの誕生日会をやろう」


「タカシ、誕生日を祝うの嫌なの?」


「うん。嫌だ」


「どうして?」


孝は珠子の質問に答えなかった。


「とにかく、ここでタマコの誕生日会をしよう」


孝はそれだけ言うと帰ってしまった。




翌日、孝が学校に行った後、操は柏の部屋を尋ねた。


「月美さん、おはよう」


「お義母さん、おはようございます。どうぞあがって」


月美が部屋の奥へ操を誘った。


「ノッシー元気そうね」


操はリクガメのケージを覗きながら月美のミシンが置かれている居間の倚子に座った。


「月美さん、少し話をしてもいい?」


「ええ。どうされたんですか?」


月美もミシン用の倚子に座って操と向かい合った。


「タカシ君の誕生日なんだけど、姫と同じだったのね」


「えっ、珠子ちゃんも九月十六日なんですか」


「そうなの。でね、二人一緒にお祝いしようって提案したら、タカシ君が自分はいいって言うの。せっかく同じ日なんだからって話したんだけど、彼は頑なに自分は祝わなくていいんだって」


操が言うと、月美は悲しそうな顔をした。


「あの子、そんなふうに言ってるんですか」


「もしよければ話してもらえないかしら」


操は月美の顔を見ながら話を続けた。


「私、彼の気持ちを読むことはできるけど、勝手にそんなことをするより、できれば月美さんから事情を聞きたいなって思って」


「あの子が4歳の…ちょうど珠子ちゃんぐらいの時なんですけど」


月美がぽつりぽつりと話した。

孝の4歳の誕生日だった。夕方保育園で月美のお迎えを待っていた孝の耳に、翌日の準備をしている保育士たちの話が聞こえてきた。ヒソヒソ話だったが孝に聞こえてしまった。「孝君のお母さんも大変ね」「あの子誕生日よね、今日」「うん。朝一に教室のお友だちとおめでとうを言ってミニ誕生日会もやったけどさ」「ここに通うのも誕生日の今日が最後なのね」そんな会話を聞いた孝が迎えにきた月美に聞いた。


「ぼく、なんで明日から保育園に行かないの?」


「ごめんね」


月美はそれしか言えなかった。

孝は保育園が大好きだった。誕生日を迎えた翌日、そこに行けなくなった。その理由はきっと自分にあると孝は考えた。自分のためにお母さんはたくさん働かないといけない。保育園へ定時の迎えに来られない。だから家の狭い暗い部屋で一人母親の帰りを待つ、孝はそう考えた。


「あの子の中では誕生日の後は辛いことが起こると思っているみたいです。それに自分が生まれたから私は苦労していると、孝にはそういう思いがあるようです。私がいくら否定してもわかってもらえなくて」


「タカシ君はお母さん思いなのね。でも今年からカシワもいるし、彼が不安に思うことも無いんじゃないのかな」


「そのはずなんですけど」


「月美さん」


「はい」


「十六日は私の部屋で、タカシ君と姫の誕生日会をやるわよ。月美さんはタカシ君の好きなごちそうを、できるだけ内緒で準備してくれる?彼は学校から帰ってきたら私の部屋にずっといてもらうわ。カシワが帰ってきたら、ごちそうをこっちに持ってきて。ケーキと飲み物とプレゼントは私が用意するわ。タカシ君のリクエストをさりげなく聞いて教えて」


「わかりました。柏君にも手伝ってもらいます」


月美が少しだけ元気な声になった。

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