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沢野さんの花壇と珠子と操

「ミサオ、最近沢野さんの花壇、変じゃない?」


朝ごはんを食べながら珠子が言った。


「味噌汁、熱いからゆっくり食べてね。たしかに手入れしてる気配がないわね。この夏暑かったから放置してるのかしら。後で沢野さんの様子、見に行こうかな」


「私も行っていい?」


珠子が聞くので、一緒に行こうと操は言った。


「ところでさ、少し前にタカシ君推しの女子たちに誘われて、おかっぱ頭の女の子の家に行ったでしょう」


操が、孝のクラスメイトの田中あおいの家に珠子が行った時のことを聞いた。


「うん。そう言えば、あの時ね私ね力を使いすぎてここに帰ってきてミサオの顔を見た途端、ほっとして意識がなくなっちゃったね」


「そうよ。あれはびっくりしたわよ。タカシ君が帰って扉が締まった途端に姫は倒れちゃったんだもの。よっぽど力を使い切ったのね」


その時の珠子は三時間ぐらい意識が戻らず、操は気が気じゃなかったのだ。珠子が目を覚ましてほっとしたが、その日の話を聞くことはできなかった。何を感じたのか思い出すことで、珠子の体力が消耗するのが怖かったのだ。あれから何日か過ぎて、操は聞いてみることにした。


「あの日はね、あおいちゃんと彼女のママの周りにパパともう一人綺麗な男の人を感じたの」


「綺麗な男の人?」


「うん。あおいちゃんのパパは、その綺麗な男の人を思ってるの。綺麗な男の人はあおいちゃんを自分の傍に置いておきたいの」


「置いてって」


「そう、あおいちゃんを着せ替え人形みたいに考えてるの、その男の人」


「そんな。あおいちゃんのパパはそれでいいのかしら」


「彼は綺麗な男の人にメロメロであおいちゃんのことを考えてなかった。私、信じられなかったよ」


「姫は、あおいちゃんを見ただけで、彼女のパパと綺麗な男の恋人を感じたの?」


「そうじゃないの。最初はね、お姉さん三人組がタカシの後をつけて来たとき、あおいちゃんのパパが彼女をママから奪おうとしているって感じたの。その時はそれしかわからなかった」


「それで」


「それから、みんなで学校を休んでるあおいちゃんの家に行ってね、彼女のママの恵美子さんに会ったの。そこであおいちゃんのパパに男の恋人がいるのを感じたんだ。恵美子さんは最近、自分の夫とその恋人と三人で会ったんだと思うの。その時の気配が凄かったから私、恵美子さんを見て集中したの。あおいちゃんのパパはその恋人の望みを叶えるために娘を自分たちの傍に置きたいって思っているのがわかった。それっておかしいでしょう」


珠子は田中あおいとその母親がぎゅっと抱き合った姿を思い出した。


「酷い父親ね。それで、問題は解決したのかな」


「わからない。でも、あおいちゃんも恵美子さんも気持ちが落ち着くといいな」


「そうね。ねえ姫、あなたはとっても心の優しい子よ。だから困っている人のために自分の力を使って助けようとがんばっちゃうのね」


「うん」


「でも頑張り過ぎちゃうから、あなたの体が耐えきれなくて倒れちゃうの」


「うん」


「私は姫が一番大切なの。少し加減して欲しいな」


「うん」


操は食卓の倚子に座っている珠子のすぐ傍に行くとぎゅっと彼女を抱きしめた。


「私の大事な姫」


まだ、微かに乳児のようなミルクの匂いがする少女に操が囁いた。珠子も抱きしめてくれた祖母に耳打ちした。


「ありがとう。ミサオ大好き」




操と珠子は朝食を済ませると、南側の窓から庭に出た。芝生を踏みしめ、柏の部屋を通り過ぎ、カルチャーセンターの受付をしている大田恵の部屋を通り過ぎて、104号室の沢野絹の部屋の前に立った。

目の前の花壇は花が枯れ雑草が覆い始めている。御年88歳の絹は、今まで毎日のように雑草を抜き水を撒いていたがここ最近は手を入れてないようだ。

操が窓越しに絹の部屋の様子を覗った。レースのカーテンが閉じられている。ミラー加工が施されているせいか部屋の中がどうなっているのか見えなかった。エアコンの室外機は作動している。


「静かだね。でも室外機とは違う何かの音がする」


珠子が窓に耳を近づけて言った。


「そうね。絹さーん」


操が声をあげて呼びかけた。


「絹さーん、神波でーす」


はーい、と微かに聞こえた。

操は庭に出入りできる掃きだし窓をスライドしてみた。動いたので開けてカーテンも引き開いた。


「絹さん、こんにちは」


「はい」


絹はベッドの近くに置かれたマッサージチェアーに抱き込まれるように座っていた。


「絹さん、勝手にあがらせてもらうわね」

操が振動でリラックスしている絹の近くに立った。


「絹さん、こんにちは」


珠子も操の隣にきた。


「珠子ちゃん、もう少しでマッサージのタイマーが切れるから待ってね」


絹が振動で揺れた声を出した。

やがてマッサージの電源が切れチェアーの背もたれが起き上がり絹が首を左右にコキコキ曲げた。


「神波さん、頼まれてくれる。冷蔵庫のお茶を持ってきて」


絹が言うと珠子が素早くペットボトルを持ってきた。操がキャップを緩めて絹に渡した。


「ありがとう。アンタたちも飲んでいいよ」


ボトルを受け取った絹はキャップを開けて美味しそうにお茶を飲んだ。


「私たち、最近外に出ている絹さんを見ないもので気になってお邪魔したんだけど、お元気そうで良かった」


操が絹を見てほっとした顔をした。


「暑くて花壇の手入れを一日サボったら翌日も翌々日も面倒くさくなっちゃって」


絹は少し気まずそうな顔をした。


「それでいいんですよ。迷惑でなければ私が触ってもいいですか、花壇」


操が聞くと絹は頷いた。


「涼しくなったらまた始めるので、それまで頼みます」


操が、はいと返事をした。




「沢野さん、何でもなくて良かったね」


珠子が花壇の枯れた花と雑草を抜きながら言った。


「本当、ほっとしたわ」


操は大きなゴミ袋に雑草を詰めていった。花壇が土だけになったところで、防草シートで覆い専用の杭で固定した。


「これで、しばらくは放置しても大丈夫ね」


操と珠子はゴミ袋と雑草よけの道具をしまった。


「私たち頑張ったねぇ」


二人は部屋に戻りソファーに寝っ転がった。


「秋になったらまたお花が見られるかな」


珠子はそう言って微睡んだ。

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