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推しの神波珠子

田中あおいが登校してないことに、日野ひなたと河田かずよが孝に詰め寄った。


「神波君、あの小さい子は、あおいちゃんに何を言ったの?昨日あおいちゃんがあの子からお父さんのことを言われたってちらっと話してくれたけど、彼女が学校に来てないことと関係があるんじゃないの?」


「タマコが田中さんに何を話したのか、おれは知らない。田中さんのことが気になるんなら担任に聞けばいいじゃない」


孝が無表情な顔で答えた。

三つ編みひなたとポニーテールかずよは、孝の推しをやめる、と言って担任を探しに行った。

孝はこれでつきまとわれないと、ある意味ほっとした。ただ、珠子が田中あおいについて何かしら感じているのは事実で、孝自身もかつて珠子に何度か助けられたので、少し引っかかってはいる。




放課後、日野ひなたと河田かずよが孝のもとへやってきた。


「神波君、私たちと一緒にあおいちゃんの家に行ってくれない?」


えー嫌だなと思ったが顔には出さず孝は聞いた。


「田中さんの休みの理由は何だったの」


「風邪をひいたんだって」


ひなたが答えた。


「それなら、行かなくていいんじゃない」


「昨日の神波君のカノジョの話、気になるじゃない」


「タマコが田中さんに何を話したのか知らないけど、そのことと風邪とは関係無いんじゃないの」


孝はできるだけ関わり合いたくなかった。


「わかった。神波君には頼まない。珠子ちゃんに一緒に行ってもらうわ。これら彼女を迎えに行こう、ひなたちゃん」


かずよがひなたの手を取って言った。


「そうだね。行こう」


二人は孝に背を向けて行ってしまった。その場に残った孝は、はっとして、ダメだダメだ珠子を連れて行くなんてそんなことダメだと日野ひなたと河田かずよの後を追った。




結局、ひなた・かずよ・珠子・孝の四人で田中あおいの家を訪ねた。

かずよがインターホンを押した。返事がない。何度か押すと、はいと女の人の声がした。


「こんにちは。あおいちゃんと同じクラスの河田かずよです。あおいちゃんと会うことはできますか?」


かずよが言うと、カチっと音がして扉が開いた。


「こんにちは」


訪ねた四人が声を揃えた。


「あの、あおいちゃんとお話できますか?」


ひなたが聞いた。


やつれた感じの女の人が


「散らかっているけど、どうぞ」


と言って、四人はあがらせてもらった。居間の床にあおいはペタンと座っていた。


「あおいちゃん、風邪ひいたの?」


ひなたが聞くと、あおいは首を左右に振った。


「皆さん、ごめんなさいね。ウチの中がばたばたしていて。しばらくの間、あおいは学校を休ませます」


やつれた感じの女の人が、あおいの肩を後ろから抱えながら言った。


「あの、何があったんですか。もしよければ教えてもらえませんか。私たち、あおいちゃんの力になりたいんです」


ひなたとかずよが声を揃えて言った。


「ありがとう。皆さんの気持ちはありがたく受け取るわ。だけど私たち、とっても難しい問題を抱えてるの。今ね、専門の先生に相談しているから少しの間そっとしておいてもらえるかしら」


あおいの母は静かに言った。


その姿を珠子がじっと見つめていた。


「ひなたちゃん、かずよちゃん、心配してくれてありがとう。ごめんね」


あおいは静かに泣いた。自分は母に何もしてあげられないどころか、自分の存在が彼女を苦しめているのではないかと考えてしまう。

あおいの母はキッチンへ行き冷蔵庫からジュースを出していた。ふと目線を感じて振り向くと珠子が立っていた。


「えっと、あなたは…」


「私は神波珠子です。あのね、あおいちゃんのママ」


「はい」


「あおいちゃんのパパとパパとつき合ってる男の人に言ってやればいい。あおいちゃんは人形でもぬいぐるみでもお飾りでもないって。ママのことが大好きでママのことを大事に思ってくれてる大切な子どもだって」


「あなた、なぜあの人とあの男のことを知ってるの?」


あおいの母の問いに珠子は微笑みながら軽く首を傾げた。


「男同士じゃ子どもはできないものね。だからあおいちゃんのパパはあなたから彼女を取り上げようとしてるんでしょ。そのつき合ってる人、あおいちゃんのママになりたいんだろうけど、それは無理だよね。それにその人、あおいちゃんのことを動く着せ替え人形みたいに思ってるよ。あおいちゃんのママ、あなたの名前は…ええと」


「私、恵美子です」


「あおいちゃんにとって恵美子さんだけが大好きな親で、パパなんかいらないって。ずっと一緒にいたいのは恵美子さんなんだよ」


珠子の話に恵美子はしゃがみ込んで号泣した。


「あおいちゃんのママ、泣いちゃダメだよ。強くなってあおいちゃんを守ってください」


珠子は恵美子の頭をいいこいいこと撫でた。

キッチンに行ったきり戻ってこない母を呼びに、あおいがやってきた。泣いている母を見て珠子を睨んだ。


「あなた、お母さんに何を言ったの!なに泣かせてるの!」


怒ったあおいを抱き寄せて恵美子が嗚咽をこらえて言った。


「違うの、あおい。この小さなお嬢さんは私に力をくれたの」




女子探偵団とあおいの家の前で別れて、『ハイツ一ツ谷』への帰り道、珠子と手を繋いで歩いている孝が聞いた。


「タマコ、田中さんのお母さんと何を話してたんだ?」


「うーん、ややこしい話。ひなたちゃんとかずよちゃんに言わない?」


「もちろん、言わない」


「あのね、あおいちゃんのパパね男の人と浮気してるの」


「えーまじか!」


「男同士とか女同士とかそういうのは私は気にならないよ。人間同士って思えばいいんじゃないかな。だけど浮気は絶対ダメ」


「おまえって時々何歳なのかわからなくなるな。じゃあさ、タマコ、もしおれが女だったらおまえどう思うのかな?」


「とにかく私は目の前にいるタカシが大好き」


珠子がぎゅっと孝の腕にしがみついた。孝はどきどきしながら、話の続きを聞いた。


「あおいちゃんのパパの恋人があおいちゃんと一緒にいたいみたいなの。でもその人は、あおいちゃんを育てたいっていうより可愛い服を着せて出かけたいとか思ってる。あおいちゃんを動くお人形みたいに考えてるよ」


「田中さんのお父さんはどう思ってるんだろう」


「相手に夢中で、もう、その人はあおいちゃんのパパじゃないよ」


珠子は不機嫌な声を出した。




一週間を過ぎた頃、田中あおいは元気に登校した。


「あおいちゃん、元気そうでよかった」


「本当。あおいちゃんの顔が見れて嬉しいよ」


ひなたとかずよがあおいの席で話をしていた。

孝が教室に入ってきて席に着くと、女子探偵団は勢揃いで目の前にやって来た。


「神波君、おはよう」


「おはよう。田中さん登校したんだ」


孝が三人組の顔を見ながら言った。


「珠子ちゃんのおかげでお母さん元気になって抱えていた問題も解決したの。それでね」


あおいの言葉をかずよが引き継いだ。


「私たち、神波君推しをやめて」


その言葉にほっとした孝を見ながら、ひなたが言った。


「珠子ちゃん推しになったから」


「えっ」


驚く孝を見ながら女子探偵団は声を揃えて言った。


「珠子ちゃんのおまけで、神波君もとりあえず推すわ」

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