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孝たちがやって来る

珠子は柏の部屋でそわそわしていた。

少し前まで、ここでは柏と柊が兄弟二人で暮らしていた。柊は結婚し新居へ引越していき、今現在は柏が一人で住んでいる。しかし今日、ここに孝と月美が越してくるのだ。


「ねえノッシー、今日からタカシが毎日ここにいるんだよ。あなた嬉しい?私はとっても嬉しいよ。これからは毎朝早く起きてタカシが学校へ行くとき、いってらっしゃいって言うんだ」


ノッシーは早く菜っ葉をくれないかなと目の前の珠子を見ている。

操と柏が汗だくになりながら柊が使っていた部屋から出てきた。


「姫、麦茶をもらっていい」


顔中汗だらけの操に珠子が麦茶を注いだプラスチックのコップを渡した。


「タマコ、俺も」


「はい。カシワ君どうぞ」


珠子からコップを受け取ると柏は一気に麦茶を飲み干した。


「結構ホコリが溜まってるな」


「広くないけど六年分の汚れは手強いね。喫煙者じゃなくても壁が汚れてる。入居者さんの部屋なら壁紙交換とかできるけど、あんたたちの部屋じゃ経費で落とせない」


操は大家として考える。


「えー、結婚祝いでハウスクリーニングしてくれてもよくない?」


「ダメ。結婚祝いはタカシ君のために何かしてあげる」


「ここタカシの部屋になるんだぜ」


「そう、じゃあ心を込めて綺麗にしましょう」


「ミサオ、私も手伝う。タカシの部屋を掃除するよ」


珠子は雑巾を手にした。本当はタカシの部屋に入りたかったのだ。


「姫は、窓ガラスを手が届く範囲でいいからから拭きしてくれる」


操は窓の前に置いた折りたたみ式の踏み台に珠子を立たせた。


「台から落ちないように、目の前だけを拭いて。その隣を拭くときは台から降りて台を動かして乗って目の前を拭く。わかった?」


「うん。大丈夫」


珠子は一生懸命拭いた。目の前に芝生の庭が広がる。珠子と操の寝室から見える様子と少しだけ違うなと思った。今まで柊が見てた景色をこれからは孝が見るんだね。珠子は孝が元気で私とずっと仲良しでいられますようにと願いながら窓を拭いた。

窓の上の方は背の高い柏が磨き上げた。操が奥からワックスを伸ばして部屋のドアまで戻ると、このまま乾かして掃除は終了した。


「アンタの部屋はどうなってるの。片付けるところがあれば手伝うよ」


操が柏の寝室を覗く。

シングルからダブルサイズに変えたベッドのため、今まで置かれていた家具はデスクと本棚を除いて納戸に移してあった。


「月美さんのミシンはどこに置くの?」


「とりあえず居間の一部を彼女の作業スペースにするよ」


「ノッシーの部屋はこのままここになるの?」


珠子がケージを覗き込んだ。


「今のところはそのままにするから、タマコもコイツの面倒を見てやってくれ」


「うん。タカシと一緒にお世話するね」


「頼むよ」


柏は珠子の頭をくしゃっと撫でた後、操に顔を向けた。


「母さん、俺そろそろ月美の方へ行ってくる」


「はい。いってらっしゃい。昼はそうめんを茹でて、『うまどん』から天ぷら盛り合わせが届くから」


「いってきます」


柏は月美のもとへ向かった。


「姫、私たちのところへ戻ってお昼の準備をしましょう」




月美の家に着いた柏はがらんとした家の中を見て孝に声をかけた。


「よっ、空っぽになったな」


「うん。カシワじゃなくてお父さんのところに午後二時くらいに俺たちのものが届くみたい」


「そうか。無理にお父さんとかいいよ。今まで通りカシワで構わない」


「おれ言いたいんだ。お父さんって言ったことがなかったから」


「わかった。嬉しいんだけどちょっとくすぐったい」


柏は笑った。


「で、月美はどこ?」


「ここの大家さんに挨拶に行ってる。もう戻ってくるんじゃない」


孝の言う通り、月美はすぐ戻ってきた。


「柏」


「月美、お疲れさま。もう出られるのか」


「ええ、手続きは全部終わったし、鍵も返却した。孝、水もガスも電気もいじれないからね」


「わかった。早くお父さんのところへ行こう」


孝の言葉に柏はくすぐったそうに言った。


「忘れ物はないか。そしたら出発するぞ」


三人が柏の車に乗り込むと、大家が見送りに出てきた。


「お世話になりました」


月美が車の窓越しにお辞儀をすると


「お元気で」


人の良さそうなおじいさんが手を振ってくれた。

『ハイツ一ツ谷』に車が到着すると孝と月美を降ろし


「母さんのところへ行ってて」


柏は車を駐車場へ駐めに向かった。

月美と孝は操の部屋を訪れた。


「お疲れさま。さ、あがって。お昼食べちゃいましょう」


二人があがると、珠子が元気よく挨拶した。


「お帰りなさい」


「珠子ちゃんただいま。これから、どうぞよろしくね」


月美が珠子に微笑んだ。


「うん。よろしくお願いします。お昼、そうめんと天ぷらだよ。食べよう」


珠子が孝の手を取ってダイニングテーブルのところへ引っ張っていった。


「月美さんもこっちにきて」


「はい。柏君ももうすぐ来ると思います」


「午後は力仕事をしないといけないんでしょ。しっかり食べてね」


操が麦茶をグラスに注ぎながら言った。


「いただきます」


孝が勢いよくそうめんを啜った。


「いい食べっぷりね。私が揚げたわけじゃないけど天ぷらも揚げたてだから食べてね」


「母さん、ただいま。おお、そうめんか。いいね。早速食べよう」


柏は孝と競争をするように、するする食べた。操が慌てて新たにそうめんを茹でた。


「たくさん食べてくれて嬉しいけど、この後重いものを運んだりするんでしょ。そこを考えて食べてね」




午後二時過ぎ、引っ越し業者が到着し、月美のところにあったミシンや机や棚が運び込まれた。これから組み立てるベッドフレームが入った段ボール箱や新品のマットレスなども搬入された。柏と月美が業者スタッフに指示を出したり、一緒に動かしたりして結構早めに作業は終わった。


「タカシ、お前の部屋のレイアウトはこれでいいのか?」


柏の問いに、


「家の専門家が配置したんだから大丈夫」


孝は満足気に頷いた。


「月美、俺たちの部屋はどうかな」


今度は月美に自分たちの寝室を見てもらった。


「俺、このベッドは譲れなかった。だからドレッサーは置けなかったけどさ」


月美は、程よく明るい場所にすっきりとしたデザインの小さな鏡台が置かれているのに気がついた。

派手な飾りは無いが、全ての角に鉋がかけられ素人が見ても丁寧な造りだ。引き出しも釘を使わず和箪笥のように蟻組みで作られている。


「これ、おれの図面通りにヒイラギが作ってくれたんだ。あいつ指物師(さしものし)になれるよ」


月美は鏡台の前に座った。


「素敵。このサイズ丁度良いわ」


嬉しそうな新妻の傍に立ち


「月美はすっぴんで充分綺麗だから、この小さなスペースでローションとクリームつけるだけでいいかなって思って」


月美のほっぺたを軽くつまんだ。


「俺たちの服は納戸に箪笥とチェストを置いたから、そこも追々使い易くしていくよ」


「柏、忙しい中どうもありがとう。私や孝のことをいろいろ考えてくれて嬉しい」


月美が柏にぎゅっとハグをしてくれた。それ以上のことをしたかったがすぐ隣に孝がいるので我慢した柏だった。

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