ベールガール・ベールボーイ(3)
いつも過ごしている空間と空気が違う、珠子は思った。
今日はこのホテルで神波柊と石井美雪の挙式と披露宴が行われる。
珠子と孝はチャペルでヴァージンロードを歩く美雪のベールの裾を持ってついていくための簡単なリハーサルをしていた。決して難しいことではないが、スタッフからの歩き始めの指示や歩く速さなどの確認をした。
二人が招待客の控え室に戻ると、
「可愛いわね」
どこからともなく声が聞こえる。
今日の列席者は、美雪の両親と二人の兄・石井家の親戚・美雪の友人・松亀の上得意・神波一家・神波の数少ない親戚・柊の仕事関係者と友人・山口月美と孝だ。
珠子と孝が一休みしていると、式場スタッフから花嫁の控え室へ案内された。扉が開いて室内に入ると正面に可愛らしいデザインのウエディングドレスを纏った美雪が座っていた。
「ミユキちゃん綺麗。お姫様みたい」
珠子は見とれた。
「珠子ちゃんも綺麗よ。孝君もかっこいいわ」
美雪が大輪の花のように微笑んだ。
「珠子ちゃん、孝君、今日は大役を引き受けてくれてありがとうございます。よろしくお願いします」
松と亀の柄が見事な黒留袖姿の美雪の母、美子が珠子たちに丁寧にお辞儀をした。
「それにしてもご両人、とっても似合っているわ」
美子の言葉に、珠子と孝はお互いを見合って頬を紅くした。
美雪の父、守之は先ほどから鼻の頭を赤くしながらハンカチで目頭を押さえている。
重厚感のある扉の前で、美雪と守之が並んで立っている。美雪の純白ドレスは少しだけ膨らんだお腹が目立たないように胸の下から豪華なレースが裾に向かって広がるデザインだ。
白バラ・トルコキキョウ・白ガーベラ・ブルースター・デルフィニウムなどでまとめられたブーケを左手に、右に立つ父の守之の軽く曲げた左腕に右手をそっと添えている。
艶やかでストレートなロングヘアの上で煌めいているティアラから伸びる優雅なドレープの長いベールの裾を、珠子と孝が持つ。
「新婦様のブーケと同系色の素敵な衣装ですね。全体的な統一感が保たれて素晴らしいです」
スタッフの女性が感心した。
「私たちのお洋服はタカシのお母さんが作ったんだよ。タカシのお母さんは生地を選ぶときからすっごく考えて、主役のミユキちゃんが一番輝いて、私たちも可愛くなるものを作ってくれたの」
珠子が得意気に言った。
「孝君のお母様はとてもセンスと気遣いのある方ですね」
スタッフの言葉に孝は嬉しそうにちょこんと頷いた。
荘厳な音楽が流れ始めた。
「お父様、そろそろ扉を開けます。ゆっくりとお進みください。花嫁様は半歩程後からお願いします」
スタッフの確認説明が済むと扉が開き花嫁と花嫁の父はスポットライトに包まれながら、柊の待つ祭壇へとゆっくり行進した。その後ろからベールガールとベールボーイがきちんと歩みを揃え、その役目を無事に果たした。
厳かな雰囲気の中、参列者の温かな想いと拍手にチャペルは包まれながらセレモニーは進んでいった。
その後、一同はバンケットルームに移り披露宴が間もなく始まる。
新郎新婦が登場するまで、招待客は銘々の席に着いて自由に寛いでいた。そんな中、多くの人々から注目を集めたのは、茜と藍の双子の姉妹だった。
ボーイッシュなベリーショートのヘアスタイルで、すらりとしたスレンダーな体に黒いタキシードを纏いそれがよく似合っていた。カマーバンドとポケットチーフを、茜はボルドーカラー、藍はプルシャンブルーで決めてそれがそれぞれの髪と瞳の色にマッチしていた。
「ねえ、私たちってさ結構注目はされるけど、その先ってないよね」
「そうなのよ。だから、私たちは私たちのために自分を磨いて、自分が納得すればいいんじゃない」
茜と藍の話を聞いていた操が
「そうね。あなたたちはあなたたちの道を行きなさい」
うんうんと頷いていた。
そこへ実直な落ち着いた雰囲気の四十代くらいの男性が二人がやって来た。
「あのー、初めまして。私、松亀で職人をしています石井広之です」
「初めまして。石井守和と申します」
操は少し驚いた顔をしながら立ち上がった。
「あ、ミユキちゃんのお兄さんたちでしたか。初めまして。ヒイラギの母の神波操です。先日はごちそうさまでした。とても美味しゅうございました」
お辞儀をした操を見て、珠子が広之と守和を見上げた。
「おじさんたち、あの美味しい鰻重とか白焼きを作っている職人さんですか?」
「お嬢ちゃんが親父を感涙させた女の子ですね」
広之が人懐っこい笑顔を見せた。
「私、神波珠子です。鰻、本当に美味しかったです」
「珠子ちゃん、美味しいって言葉は私たち職人にとって最高のほめ言葉なんです。どうもありがとう。また食べに来てください」
広之と守和はお辞儀をして自分たちの席へ戻っていった。
「ミサオ、あの人たちが厨房で仕事に集中していた人なの?」
珠子は少し驚いたようだった。
礼服を着た二人は厨房で黙々と作業をしていたあの職人らしく見えなかったのだ。柏や柊の上司と言われてもおかしくなかった。そのくらい背広が似合っていた。
「ダンディーなおじさんたちだね」
珠子が操に耳打ちした。
「ホントね。鰻を捌いたり焼いたりしている姿が想像つかないわね」
操も人は見かけによらないのねと思った。
披露宴会場が暗くなり、入場扉にスポットライトが当たりそれが開くと優しいコーラルピンクのドレスを着た美雪とドレスと同じ色のタイを絞めたスーツの柊が登場した。割れんばかりの拍手に迎えられた。
美雪の父の守之は来賓の挨拶を聞いては泣き、お色直しをした愛娘の姿を見ては涙を流し、彼女が両親への感謝の手紙を読み上げたときには号泣して、隣に立っていた妻の美子が必死にフォローする様子を見たみんなは温かく見守っていた。そして宴は和やかな雰囲気のままお開きとなり招待客は会場を後にした。
「良い結婚式だったわね」
操はしみじみと言った。
「珠子、俺はお前が一番可愛いかった。花嫁さんより珠子の方が綺麗だったぞ」
源が隣に座っている珠子の頬をそっと突いた。
「パパ恥ずかしい。でも嬉しい」
珠子は源にウインクした。
式を挙げたホテル内の喫茶室で操・珠子・源・鴻の四人が寛いでいた。
「ミユキちゃんのお父さんずっと泣いていたね」
珠子はその時のことを思い出してくすっと笑った。
「俺は彼の気持ち、なんかわかるな。きっといろいろ思い出すんだ。娘の成長がさ、アルバムをめくるみたいに蘇るんだと思うよ。俺も休暇で久しぶりに珠子に会うと、その成長に感激するんだ」
「源ちゃんは、珠子にメロメロだもの。私が妬いちゃうくらい」
鴻が源を軽く睨む。
「姫は罪な女の子ね。タカシ君だけじゃなくて源も骨抜きにしちゃうんだ」
操が笑った。
「私、骨なんて抜けないよ。ミユキちゃんのお兄さんたちなら鰻の骨を取るの上手だよ。だから蒲焼きが美味しかった」
珠子はよだれを垂らしそうになった。
「そう言えば、ヒイラギとミユキちゃんが披露宴で姫とタカシ君にプレゼントをくれたじゃない。何をくれたのかしら」
操に聞かれて、珠子がもらったラッピング袋を開けて中を見た。高級なお菓子とメッセージカードが入っていた。それを見た珠子が頬を紅くして俯いた。
「何?ママが見てもいい?」
頷いた珠子から、鴻が渡されたカードを見た。
「珠子ちゃん今日はありがとうございました。珠子ちゃんと孝君も末永くお幸せに。ですって」
鴻の音読に珠子は耳まで紅くなった。