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ベールガール・ベールボーイ(2)

珠子は少し緊張気味に立っていた。


「そんなに固まらなくていいのよ。体の力を抜いて」


月美に言われてちょっとだけ脱力する。それは珠子の隣で直立不動の孝も同じだ。

孝の家で二人は並んで立ち、仮縫いのミニドレスとパンツの具合を月美が確認しているところだった。

淡いブルー系の花のように見える幾何学模様の生地を使い、珠子のはノースリーブのシンプルなワンピースにウエストからセルリアンブルーのチュールを巻き付けたデザインのドレスだ。襟周りにはチュールのシアーな生地をくるりと小さなバラの花のように仕上げた飾りが並んでいる。孝も珠子のワンピースと同じ生地で作られたセンタープレスのスラックスをはいていた。裾はダブル、白いワイシャツにスラックスと同じ生地で作られた蝶ネクタイとネイビーのサスペンダーがアクセントらしい。


「やだー、とっても素敵よ。何だかお色直しをした新郎新婦みたい」


操が写真と動画を撮りまくっている。


「ほんの少しゆとりを待たせたから、これで仕上げて大丈夫ね」


月美は手早く二人の服を脱がせて、珠子と孝はいつもの楽な服装に戻った。


「暑い盛りだから、涼やかな色味でいいわ」


操が撮った画像を見ながら喜んでいた。


「美雪さんのブーケが、白と水色を基調とした花束だと聞いていたので、できるだけ同系色に揃えようと思ったんです」


月美はすでに作業を始めながら言った。


「もしよければ、今夜はタカシ君をウチで預かってもいいのよ」


操が提案した。


「孝、どうする?」


月美が聞くと、孝はここにいると答えた。


「できあがったら連絡をちょうだいね。それじゃね」


「タカシ、バイバイ」


操と珠子はアパートへ帰っていった。


「最近、タカシこっちに来ないね」


珠子が寂しそうに操を見た。


「そうね。どうしちゃったのかしらね」


孝の気持ちを月美から聞いていた操は他に言いようがなかった。そこで別な話をした。


「姫、もう少ししたらあなたのパパが帰ってくるわよ」


「夏休み?」


「そうよ。それとヒイラギの結婚式に参列するためね」


「パパも結婚式に出るんだ。それじゃ私とタカシがミユキちゃんのベールを持って歩くの見てもらえるんだね」


「ええ。ちょっと前に伝えたから、源も姫の姿を楽しみにしてるみたいよ」


操の話に、珠子はやっと笑顔を見せた。




半月が過ぎ、源がいつもより長めの夏期休暇をとって帰ってきた。


「鴻、ただいま。体はどう?」


「お帰りなさい。順調よ。お疲れさま」


相変わらず仲の良い二人は優しくハグとキスをして微笑み合った。

荷物を片付けて一段落ついた源がソファーに腰かけ鴻を隣に座らせた。


「鴻、母さんとは上手くいってるの?」


「ええ。お義母さんちょくちょく顔を見せてくれる。元気な笑顔で私も力が湧いてくるんだよ」


鴻の笑顔を見て源はほっとした。

彼は、2歳の珠子を操が面倒見るよと提案してくれたときの彼女のある言葉がずっと気になっていたのだ。


「母さんがさ、珠子を預かるって言ったときに子どもを五人育てたって言っただろう。鴻のことを子どもの数に入れてないように聞こえたんだ」


「あの時、お義母さんはそう言ってたね」


「俺、ずっと気になってたんだ。だって鴻も赤ん坊の頃から神波の家で大事に育てられてたし、それなのに本当は自分たちの子どもと思ってなかったのかって。結構ショックだったんだよね」


「違うの、源ちゃん。お義母さんはあえて私を嫁いできた他人(よめ)として扱ってくれてるの」


「えっ、意味がわからないよ」


「あのね、私と源ちゃんって兄妹だったんだよ。もちろん血は繋がってないけど。私ね心苦しかったの。柏さん・柊さん・茜さん・藍さん、みんな私が拾われて神波の家にきたのを見てないの。わかっているのは源ちゃんだけ。だからお義母さんはわざと外から入ってきた嫁っていうポジションで私に接してくれてるの」


「そうだったんだ」


「それに、私って源ちゃん以外の人とはどうしても距離をとっちゃうの。自分のテリトリーって言うか、それが信頼してる人でも心を許している人でも」


「それは俺もわかってる」


「お義母さんは、その辺りも理解してくれて、だから様子を見に来てくれるときも私があがってって言わなければ玄関で話をして帰るの。でも、この子が生まれたら私も少し変われるかな」


鴻は優しくお腹を撫でた。源がそこに自分の手を重ねた。


「そうだといいな」




その頃、操の部屋を孝を連れた月美ができあがった珠子のミニドレスを持って訪れていた。


「いらっしゃい。タカシ君久しぶりね」


操が笑顔で迎える。


「お邪魔します。珠子ちゃん、ドレスできたよ」


月美がまだ姿の見えない珠子に聞こえるように少し大きな声で言った。

奥から珠子が顔を出した。


「こんにちは」


「珠子ちゃん、着てみない」


月美がドレスの入った大きな袋を持ち上げた。


「うん。着る」


「操さん寝室使っていいですか」


「ええ、もちろん」


珠子と月美は寝室へ入っていった。


「そうだ、源たちに見せよう」


操は真上の部屋へ電話を入れた。源と鴻がすぐやって来た。


「母さんただいま。久しぶり」


いつもと変わらぬ穏やかな源が部屋にあがった。


「お義母さん」


鴻も源の後ろで微笑んだ。


「いらっしゃい。奥へ入って」


操が優しく言った。


「おや、君は」


源が孝を見る。


「おれ、山口孝です。こんにちは」


孝が緊張気味にお辞儀をした。


「こんにちは。珠子の父の源です。彼女は」


「お母さんの鴻さん、ですよね。前に会いました」


「そうか、君が孝君か。珠子から聞いてるよ。いつも仲良くしてくれてありがとう」


源が握手を求めたので孝は照れながら手を差し出した。

その様子を見ていた操が源に耳打ちした。


「孝君、俺たち三人で少し話をしようか」


そう言って、孝を真ん中に挟んで源と鴻がソファーに座って何やら話を始めた。


「えっ、そうなんですか」


「だからね……」


孝の驚いた声と落ち着いた源の声が何度か聞こえた。

やがて孝が


「わかりました。タマコのお父さんお母さんありがとうございます」


明るい声をあげた。

寝室のドアが開いて


「お待たせしました。主役の登場でーす」


月美が高いテンションで言いながらミニドレス姿の珠子を連れてきた。

柔らかな髪は編み込んで後ろで一つにまとめられ、淡いブルーのドレスを纏った珠子はまるで天使のようだ。


「タマコ、可愛い」


一番最初に呟いたのは孝だった。


「姫、よく似合ってる。月美さん、素敵なドレスだわ」


操は月美に感謝の気持ちを伝えた。


「珠子、綺麗だぞ」


源はまるで花嫁の父にでもなった気分で目元がうるうるしている。

珠子は何だか恥ずかしくなって俯いた。

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