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鰻が大好きな珠子(3)

「柔らかい。美味しさが濃いー」


塗りのスプーンで蒲焼きとタレ染みご飯を口に入れる度に、顔中の筋肉が緩む珠子を見て美子が


「珠子ちゃん、白焼きも召し上がれ」


白焼きの皿を操の近くに寄せた。

操はわさびを少し付けて醤油をちょろっと垂らすと、箸を入れ小さくした。


「姫、口を開けて」


珠子が口を大きく開けると操が白焼きを舌の上に置いた。珠子が目を閉じてゆっくり味わう。


「美味しい。凄く濃いのにさっぱりもしてる。脂ののった凄くいい白身のお魚の味!」


珠子が大きく口を開けた。もう一回食べさせての意思表示だ。操が先ほどより大きめのを珠子の口に入れた。


「お父さんが珠子ちゃんの食べっぷりを見たら嬉しすぎて卒倒しちゃうね。私も食欲が湧いてきた」


美雪は兄たちが作った鰻重を珠子のように大きな口で頬張った。


「美雪、大丈夫?あなた今、つわりが…」


美子が美雪の体調を気にするのだが本人はいたって美味しそうに蒲焼きに舌鼓を打つ。


「不思議ね。美味しく食べられるわ。タレが染みてるからかしらご飯の匂いも気にならないの」


美雪は鰻重の半分ほどをペロリと平らげた。




美味しい鰻料理を堪能した操たちだが、さすがに食べきれず残した分を持ち帰らせてもらうことにした。特上鰻重には肉厚の長焼き鰻が二尾分乗っているのだ。それぞれ持ち帰り用の入れ物に入れて珠子のお気に入りの白焼きや鰻巻きもパックしてもうために一度下げられた。

テーブルには熱いお茶が注がれた湯呑みだけになった。

ふうふうとお茶を冷ましながら、珠子は湯呑みを傾け口の中と喉をさっぱりさせた。


「美味しかったぁ」


膨らんだお腹を擦りながら幸せそうな顔をしている珠子に、


「姫、お行儀が悪い」


操が小さな声で注意した。


「いいのよ。珠子ちゃんの食べっぷりを主人が見たらまた泣いちゃうところだった。向こうで休んでもらってよかったわ」


美子が微笑む。


「つられて美雪までしっかり食べてくれて、本当、嬉しいの。珠子ちゃん、また食べにいらっしゃいね」


「はい。ありがとうございます」


珠子が大きな声で答えた。


「お待たせいたしました。お持ち帰りのお品でございます」


操たちの席を担当していた和服姿の従業員が大きな紙袋を持ってきた。


「あの、お会計を」


操が会計伝票を求めた。


「やーだ、操さん。今日は私たちの招待ですよ」


美子が優しい笑顔を見せる。


「さすがにそうはいかないわ。とっても美味しい鰻をいただいたんですもの」


操もさすがに頷けない。


「操さん、私ね、今日私たちは遂に本当の親戚になれたなって思ったの。操さんが柊さんの婿入りを承諾してくれたこと、珠子ちゃんがウチの鰻の工程を真剣に見てくれて主人が感激したこと、珠子ちゃんの食べっぷりを見て美雪も久しぶりにちゃんと食事をしてくれたこと、その様子を嬉しそうに見守っている操さんを見て私も嬉しくなったの。ね、今日は私たちにご馳走させてください」


美子が両手で操の手を握った。

操は、なんだかもう頷くしかない状況だなと観念し、お言葉に甘えてご馳走様です。と、感謝した。




美子と美雪に見送られて、柊の運転する車は『松亀』を後にした。


「ミユキのお母さんってなんか凄いな。我が母上をあまり喋らせなかったように見えたけど」


柊が思い出し笑いをした。


「うーん、美子さんは弁が立つわ。さすがに私、ぐうの音も出なかった。彼女は頭も人柄もとってもいい人よ。初めて会ったときから気さくに話してくれたし、とにかく気配りが凄いわよ。あの老舗はもちろん職人さんの技があってだけど、美子さんの采配で回ってる」


操は納得の表情を浮かべた。


「母さん、せっかくだから俺たちの新居に寄ってこうか」


「いいわね。ぜひ見せて」


「了解」


柊は子ども食堂に進路を進めた。

陽当たりのいい東南の角地にその家はあった。敷地の前は幅員(ふくいん)の広い歩道で、子どもたちが出入りしやすそうだった。


「素敵な家じゃない」


操は正直驚いていた。子ども食堂として利用する物件はかなり年季の入った建物なのではないかと思っていた。あくまでも操の考えだが。ただ、ここはまるで落ち着いたカフェのような佇まいだった。敷地もこの辺りの住宅の二区画分の広さだ。


「ここさ、車の出入りが楽なんだよ。大きめの車が二台余裕で駐められるし、リフォーム工事の車も入れるから殆ど路駐しないで済んでる」


車庫入れしながら柊が言った。


「建物も新しいんでしょう。ここ、固定資産税いくらするのかしら」


アパートの大家である操としてはその辺りが気になってしまう。


「ミユキちゃんは資産家のお嬢さんなのね。アンタ払えるの」


「俺、ここの世帯主じゃないから。タマコ、起きろ。降りるぞ」


柊は珠子のシートベルトを外して声をかけた。

満腹で爆睡している珠子がゆっくり目を覚ました。


「ん、おはよう。あれ、ここはどこ?」


「もうすぐ俺とミユキが住む家だよ」


「ヒイラギ君の新しいお家?」


「そうだよ。母さん、エンジンかけとくよ」


車に取り付けられた冷蔵ボックスに持ち帰りの鰻の袋が入っているためだ。

車を降りた三人は真新しい玄関に入って行った。


「ん?」


入ってすぐシューズクローゼットがありそうな位置にエレベーターのドアがあった。


「ヒイラギ、これまさかのホームエレベーター!」


「そう。俺たち二階に住むだろう。買い物した荷物を持ってミユキに階段を上らせるのはかわいそうだからって親父さんがリクエストした」


「まじ。どんだけ過保護なの」


操はただただ驚いた。


「まだ工事中だから、正面にある今まで使ってた階段で上がるよ。床をシートで覆ってあるから土足でいいよ」


階段を上りながら


「今までは普通の一軒家だから上下階の行き来が自由にできたんだけど、この工事で完全に独立させたんだ」


柊が説明した。


「広くて明るいわね」


「ここがヒイラギ君のお家なんだ。木の匂いがする」


操と珠子があちらこちら見て回った。柊は窓を開けて空気を入れ換えた。


「まだエアコンが入ってないから暑いな。広く見えるのは何も置いてないからそう感じるだよ」


「間取りは3LDK?」


「そう小振りなね。家事動線は悪くない。水回りも使い易い。カシワの設計ってさ発想が女性的なんだな。ミユキは大満足だって」


「うん、さすが気遣いのカシワだね。あ、はっきり言っておくけど私は口を出さないけどお金も出さないわよ」


操はきっぱり宣言した。


「大丈夫。何しろミユキの親父さんが仕切っているんだし、俺だって多少の蓄えはあるよ」


柊は苦笑いを操に向けた。


「ヒイラギ君、この下の階でミユキちゃんと知り合ったの?」


珠子が聞いた。


「そうだよ。子ども食堂でな。それからタカシもここで出会ったんだ」


「そうか、タカシここに来ていたのね」


「そうさ。青白い顔をした痩せっぽちでさ、誰かに無理矢理連れて来られたって感じで誰とも目を合わさなくて凄く気になる子だったな。今じゃすっかり逞しいタマコの彼氏だもんな」


「うん。タカシは頼りになるよ。だーい好き」


「ふうーん。出会いっていいわね」


操が寂しそうに言った。


「母さんだってミユキのお母さん、美子さんっていう仲良しができたじゃない」


柊が操の肩を優しく叩く。


「そうだった」


操が柊に笑顔を見せた。

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