鰻が大好きな珠子(1)
いつも私の拙い話を読んでくださり
ありがとうございます。
ただいま、たちの悪い風邪に体を乗っ取られて
おります。とってもシツコイです。
皆様もご自愛ください。
今朝の操は少し落ち着きがなかった。
「ミサオ、鍋が沸いてる。ガス消していい?」
珠子に言われてはっとする。
「うん。お願い」
ガスを消した珠子が操の顔を覗き込む。
「ミサオ、具合が悪いの?少し横になったら」
「違うのよ。これからヒイラギのお嫁さんの…」
「ミユキちゃん?」
「そう、ミユキちゃんのご両親がいらっしゃるの」
「ミユキちゃんも来る?」
「多分」
「じゃあ、私もご挨拶しなくちゃ。どうやってご挨拶しようかな」
「そうね。それも大事だけど、お昼に何をお出ししようかしら」
「ミユキちゃんが来たときはピザパーティーしたね」
「ミユキちゃんのお父さんは有名な鰻のお店のご主人なの」
「うなぎ?蒲焼きとかの?」
「そう。この間ミユキちゃんの家に伺ったとき、凄く美味しい鰻重をご馳走になったの」
「うわっ、いいなぁ。私も食べたい!」
「わかった。近いうちに食べに行こうね。でも今問題なのは、お昼に何を召し上がってもらうか。ヒイラギいるかな」
操は柊に電話を入れた。
──はい。母さんおはよう
「おはよう。石井さんのことで相談なんだけど」
──どうしたの
「お昼に何を召し上がっていただこうかなって。急なことだったからね」
──確かに急な話だったけど、昼までいないと思うよ
「でも念のため何か支度をした方が良くない?」
──俺が上手いことやるから、母さんは美味しいお茶をよろしく
「ヒイラギ、頼むね」
──うん。多分ミユキの親父さんとお袋さん、タマコに会いたいみたいだぞ。
「そうなの?」
──ああ。もちろん俺が婿入りする話が一番大事なことなんだけど、ミユキの懐妊で俄然タマコのことが気になってるみたい。初孫だからさ
「わかった。それじゃ後ほど」
──うん
午前九時半を回った頃、柊が美雪と美雪の両親を連れて操の部屋を訪れた。
「おはようございます。朝からみんなで押しかけてしまいましてすみません」
美雪の母の美子が人懐こい笑顔を見せる。
「ようこそお越しいただきまして。狭いところですが、あがっていただいて奥へどうぞ。ミユキちゃん、上がりがまちの段差気をつけてね」
操が美雪の手を取った。
「お義母さんありがとう」
美雪がゆっくり進んで奥のソファーに座った。隣に父親の石井守之が、美雪を挟む形で美子が腰を下ろした。三人の向かい側に柊が腰かける。
そこへ珠子が顔を出した。
「おはようございます。初めまして。ヒイラギ君の姪の神波珠子です。四歳です。よろしくお願いします」
美雪の両親をしっかり見つめて挨拶した。そして真ん中に座っている美雪に笑顔を見せた。
「ミユキちゃんおはようございます」
「おはよう、タマコちゃん」
美雪も微笑み返す。珠子はそんな彼女を見て綺麗だなと思った。
「珠子ちゃん、こっちに来て」
美子が珠子を呼んだ。すぐ傍に立った珠子の小さな手を優しく握った。
「あなたのうわさは聞いてるわ。本当に可愛らしいし、しっかりしてるわね。美雪がね、ずっと珠子ちゃんの話をしてるのよ」
褒められた珠子は、ちょっと恥ずかしくなって、俯いた。
操がお茶と上生菓子をテーブルに置いた。
「大したお構いもできませんで、よろしかったら召し上がってください」
言いながら操は柊の隣に腰かけた。
「こちらこそお構い無く」
美子がお茶を一口啜る。
「えっ、美味しい。これはどちらのお茶ですか」
思わず聞いた。
「近所のお茶屋さんのなんですけど、姫、いや珠子が生意気にも茶葉のブレンドを提案したものなんです。恥ずかしながらお茶屋の店主さんが、『珠子の茶』と名付けてくれまして」
「まあ、素敵。珠子ちゃん、あなた凄いわね」
美子が味わいながらお茶を飲み干した。
「私はただ山野園のユウコさんに、この前飲んだお茶より甘みを感じたと伝えただけなんです。そうしたらそのお茶に名前をつけてくれて」
珠子が恥ずかしそうに話した。
「美子さん、おかわりいかがですか」
操が急須を持ってきた。
「いただきます」
美子が茶托ごと湯呑みを操の方へ動かした。それを見て守之も言った。
「わたしも、おかわりをいただきます」
みんなお茶で喉を潤したところで操が美雪に声をかけた。
「ミユキちゃん、体調はいかが?」
「はい、お医者さまからは順調って言われました」
「良かった。美子さん、一安心ね」
操と美子は笑顔で頷きあう。
「それで、ですね」
守之が緊張気味な顔で操を見た。
「はい」
「それで、ご相談と言うかお願いなんですが」
「はい」
「柊君に我が家の婿になっていただきたくて」
「はい。ヒイラギから聞いております。本人が良ければ、私は何も申し上げることはございません。ただ、石井さんの息子さんたちは納得されているんでしょうか」
操の心配はこの一点なのだ。
「二人の息子は大歓迎なんですよ。柊君ととても気が合うと言ってました。それに養子縁組ではないので将来的な家督のゴタゴタ等……まあウチにはそんなこと関係ないですけどね。ただ石井性の孫が欲しいんですわ」
守之がハンカチで汗を拭く。
「ホント、ウチの人の我がままなんです。操さん、大事な息子さんをありがとうございます」
美子が居住まいを正して頭を下げた。
「こちらこそ、まだまだ世間知らずの子ですが、どうぞよろしくお願いします」
操も深くお辞儀をした。
「堅苦しい話はここまでで、操さん、もしお時間があったらウチの店でご飯食べません?」
今まで、大人しく柊の隣に座って話を聞いていた珠子が、おーっと口を開けて
「食べます!」
と喜んだ。
「タマコ、行儀が悪いぞ」
守之の前だったので、柊が珍しく珠子をたしなめた。
「ごめん、ヒイラギ君。私ね鰻が食べたかったの」
珠子が反省する。
「珠子ちゃん、鰻好きか?」
守之が聞いた。
「はい。大好きです!蒲焼き大好き。それから、白焼きにお醤油を少しかけて食べるのも美味しいです!」
珠子の顔を見て、守之が満足気に頷く。
「それじゃ店に行こう」