はじめての海の味(4)
夜、操たち一行は外のBBQスペースに案内された。昨夜のバイキングも良かったが、今夜は自分たちのペースでわいわいできるのが楽しかった。
めいめいビールやジュースを片手にくつろいでいる。
「私たちみたいに連泊でも飽きないようにしてるのかしらね」
藍が様々な食材や用具やグリルなどを確認しながら言った。
「雲が殆ど無くて星が綺麗ね」
うっとりとした顔で、友人の古沢礼奈が藍の肩にもたれかかる。
「レナちょっと邪魔」
グリルを仕切りたい藍は、優しく礼奈を突き放す。
すると、
「じゃあ、手伝う」
礼奈が藍の腕を絡めてきた。
二メートルほど離れたテーブルから二人の様子を覗う柏たちは
「何じゃれついてんだ」
呆れた目で見ている。
「藍ちゃん動きづらそう」
珠子はグリルの傍に行くと
「礼奈さん、向こうで飲み物いかがですか」
礼奈の手を取ってみんなの方へ引っ張っていった。引っ張られながら礼奈が珠子をじっと見た。
「もしかして、珠子ちゃんはあのフリーペーパーの表紙のモデルさん?」
「うん。この間ので終わったけど」
恥ずかしそうに答えた珠子に礼奈がしゃがんで目線を合わせた。
「可愛い。藍がね、あなたのことを凄く自慢してた。妬けちゃうくらい」
礼奈にむぎゅっとほっぺたをつねられた。
「礼奈さん痛い」
珠子は離れようと後ずさったが礼奈の手はそのままだ。
「やめて」
珠子の顔が痛みで歪む。
「何やってんだよ」
孝が走り寄った。礼奈がさっと珠子から手を離した。
「タマコに何をした」
孝が礼奈をにらんだ。
「柔らかそうなほっぺたに触っただけよ」
礼奈は藍の傍へ戻った。
珠子を見ると頬にうっすら痣ができている。
「大丈夫か。向こうで冷やそう」
孝は珠子の手を引いて操のもとへ連れて行った。
「姫、その痣」
操が驚く。
「礼奈さんがずっとつねってたんだ」
孝の話に操が眉をひそめる。
「礼奈さんね、藍ちゃんの傍にいたかったんだよ。でも、作業の邪魔になりそうだったから、こっちに引っ張ってこようと思ったら、反撃を食らっちゃった」
頬を冷たいタオルで冷やされながら珠子が言った。
「タカシ助けてくれてありがとう」
珠子が孝を見上げた。孝も珠子を見てまだ怒りが納まらない顔をした。
「みんな、お肉が焼けたわよ。お皿を持ってきて」
藍が声をあげた。お皿を持って行儀良く並ぶと見事な焼き目の肉と魚介類を乗せてもらった。珠子もみんなより少し小さな皿を持って藍に差し出した。藍は焼いた野菜と肉を一口サイズに切って皿に乗せた。その上からとろけたチーズをかける。
「タマコちゃん、ほっぺたどうしたの?」
藍が痣に気づく。
「なんでもない。藍ちゃん、チーズがとろとろだ」
珠子が興奮気味に声をあげた。
外での楽しい食事はお開きになり、皆それぞれの部屋へ引きあげた。
部屋に戻って、藍が礼奈をベッドに座らせて、自分も隣のベッドに腰を下ろした。
「レナ、タマコちゃんに何かしたの?」
藍の問いに礼奈は首を横に振る。
「何もしてない。彼女、何か言ったの?」
「孝くんが、レナのやったことを教えてくれた」
「そう」
「ねえ、なんでそんな事をしたの。なんでやってないって嘘をつくの?」
藍は悲しそうな声で言った。
「邪魔されたくなかった」
礼奈は小さな声で言いながら藍の隣に座った。
「あのね、あなたを無理矢理この旅行に誘った私が言う立場にあるのかわからないけど、あんな小さな子どもに痣ができるほどつねるのはどうかと思うわ。それにあの子は、レナが私の作業の邪魔になると考えて、みんなのところへ誘ったんでしょ。ちょっと大人げないと思わない?」
「だって」
藍の話に被せるように礼奈が言う。
「だって、せっかく藍と一緒にいられるのよ。片時も藍の傍を離れたくないのに、あの子が邪魔を…」
「あのね、レナ」
藍が礼奈の顔を見る。
「なんか変だよ、あなた」
「変じゃないよ。高校の時はいつも一緒にいたのに、卒業したら藍は私と全然会ってくれないじゃない」
「お互い進路が違うし、ましてや社会人になればなおさら仕方ないでしょ」
「それにしたって、藍はつれなすぎる。私はこんなにあなたを想っているのに」
「あの…ね、私はレナのことを親友だと思っているんだけど、あなたは私のことを何だと思ってるのかな」
「親友って便利な言葉ね。私は……」
礼奈は藍の手をぎゅっと握った。
柏の部屋ではさっき食べたステーキが凄く美味しかったと話していた。
「それは藍さんの焼き方が上手なの」
と月美が言う。
「確かにステーキは美味しかったけど、あの傍にべったりくっ付いていた礼奈さんが、タマコに酷いことをしたのは許せない」
孝が怒っている。
「二人の空間を邪魔されたくなかったんだろ。女子校あるあるなんじゃない」
柏は怒り心頭の孝の頭を撫でる。
「藍はさ、まあ茜も似たようなもんだけどあの通り男前だろ。茜は共学だったからそうでも無いけど、女子校に通っていた藍は相当モテたんじゃない。本人に自覚は無くてもね」
翌日も快晴の猛暑日で、操がチェックアウトを済ませるとエアコンの効いた車にみんな急いで乗り込んだ。
礼奈を自分の車に乗せて
「一足先に帰るわね」
と藍が操たちに告げるとホテルを後にした。
「あいつら、大丈夫かね?」
柏が心配する。藍と礼奈のお互いの気持ちにかなり温度差を感じたからだ。
「礼奈さん、とうとうタマコに謝らなかったな」
孝は珠子の頬に微かに残っている痣を見ながらかなり怒っている。
「全くこっちに顔を見せないで藍の車に乗り込むのも大人げないかもな」
柏も納得のいかない顔をした。
「急にこっちが誘ったんだから仕方ないわよ。カシワ、安全運転でよろしくね」
操が明るく声をかけた。
「じゃあ、俺らもそろそろ出発するか」
車は走り出し、キラキラした海が少しずつ遠くなった。
「タマコ、海で遊んだの楽しかったな」
孝が声をかけると、珠子は大きく頷いて言った。
「うん。楽しかった。綺麗な貝殻も拾ってもらえたし」
胸ポケットから白い貝殻を取り出して満足気な顔をした。
「でも海の味は美味しくない」