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はじめての海の味(3)

大浴場はホテルの最上階にあった。窓越しに海を一望できるが、そこから外に出ることもでき露天風呂は潮風を感じて開放感があり気持ちがいい。

孝と柏は海風に吹かれながら露天風呂に浸かっていた。


「カシワ、お母さんといちゃいちゃできたか?」


孝が柏を覗き込むと柏は少し困った顔をした。


「あのな、お子様が変な気を使うな」


柏が孝の頭を小突いた。


「あのさ、お母さんとカシワが、その、もし結婚したらさ、おれの名字は神波になるのか?」


「嫌か?」


「あのさ、おれカシワにお父さんになって欲しいと思っている」


「そうか」


「でもさ、それってさ」


「ん?」


「おれ、神波のみんなと親戚になるんだよな」


「まあ、そうだな」


「そうだよね」


「どうした?」


「いや、なんでもない。カシワ、あっちの寝湯に行ってみよう」



露天を堪能した二人はお互いの背中を流し合い、サウナに入ってのぼせながら水風呂に飛び込み、そのあと倚子に座って空を仰いだ。


「タカシ、名字が変わりたくないのなら、まあ…もし俺がおまえの父親になることがあったら…俺が山口を名乗っても構わないよ」


柏の言葉に孝は首を横に振る。


「違うんだ。山口はおれが一度も見たことが無い父さんの名字だからこれにこだわっているんじゃない。ただ…」


「ただ?」


「いや、いいんだ」


孝は俯く。


「おまえさ、タマコと従妹(いとこ)同士になるのが気になるんだろ」


孝は顔を紅くして頷く。


「馬っ鹿だなあ」


柏が優しい笑顔を孝に向ける。


「従妹を彼女にしたって全く問題ないんだよ。そもそもおまえたち血縁者じゃないじゃん」


「そうか」


「そうだよ」


やっと孝は満面の笑みを柏に向けた。

柏は、大体俺だってまだ月美からプロポーズの返事をもらってないんだからと心の中で苦笑いした。


「そう言えばタマコは海水の味を何て言ってた?」


柏が聞いた。


「美味しくないって」


孝の返事に


「あいつも一つ賢くなったな」


柏が笑った。




女湯では操と珠子がやはり露天風呂に浸かっていた。


「姫、外のお風呂もなかなかいいでしょう」


「うん。お家では、外で入れるのビニールのプールしかないもんね」


「幼稚園に行くともっと大きいプールがあるわよ。そろそろ行ってみない幼稚園」


「行かない」


「同い年の子たちと交流するのもいいわよ」


「大人とお話するのが楽しいし、タカシと一緒にいるのが好き」


「そう。わかった」


「あ、月美さんだ」


脱衣所から月美が姿を見せた。

タオルを垂らして胸から太股辺りを隠している。珠子が外から手を振った。月美も気がついたようで手を振り返したが露天風呂には来なかった。彼女はさっと体を洗って湯船に浸かった。


「ミサオ、私、もうあがる」


珠子は大浴場に戻り月美に手を振りながら脱衣所へと向かった。後から操がこくんと月美に会釈をして珠子を追いかけていく。




翌日、朝食を終えて操たちは浜へ出た。

珠子は赤いギンガムチェックのワンピース水着に黄色い浮き輪を持って波に向かって走った。


「姫、走らないで!」


操が叫ぶ。

なんで子どもは、あんな風に走ると言うか跳ね回るのかしら、と操は思った。羨ましいくらいの体力と身軽さで、自分も珠子と同じ頃には子犬や子猫のように跳ねていたのだろうか。


「おばさーん」


後ろから孝がやって来た。彼も飛び跳ねるように走っている。


「タカシ君、姫をお願い」


そう言うのを聞いて、孝は頷きながら操を追い抜き珠子の手を掴んだ。


「タマコ、おれの手を離すな」


「うん」


二人は波打ち際を走り回った。

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