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ノッシーを探せ(2)

「ノッシーがいなくなっちゃった!」


孝と珠子が泣きながら叫んだ。


「えっ」


「麦茶を飲んだ少しの間にいなくなったの」


操は庭を見渡した。防犯のために庭と外は遮断されている。建物も一階の各部屋からしか庭に出られないようになっている。


「多分、この庭から他の場所には行けないわ。ただ、穴を掘るって前にカシワとヒイラギが言っていたから、暑くて地面に潜っているかもね。とにかく二人とも部屋に戻って体を冷やして」


操が二人を室内へ促した。しかし、孝は言うことを聞かない。


「嫌だ。おれはノッシーを探す!」


「タカシ君、熱中症になっちゃうわ。お願いだから一度涼しいところへ行こう」


操は孝を引っ張って無理矢理部屋の中へ連れていった。涼しい部屋に戻ると冷たいおしぼりを二人に渡し、冷えた電解質飲料水をゆっくり飲ませた。

操は一人で庭に出て、一カ所だけ外側と行き来するための小さな門扉のところへ行ってみた。こんなことがあっても大丈夫なよう、柏か柊がリクガメの脱走防止用に大きなプレートを地面に差し込んであった。


「ここからは逃げられないわね」


操はそこから庭全体を見渡し神経を集中させた。地面から何かが動いていないか気配を読み取ろうと試みた。しかし何も動く気配がない。

真夏の午後の大気は操の体力を奪い集中力がなくなっていく。仕方なく操も部屋へ戻った。


「ミサオ、タカシが変なの」


珠子が泣いている。

孝がぐったりして横になっていた。しかも震えている。操が急いで彼の体を触ると発熱したように熱い。


「大変。姫、手伝って」


操と珠子はキッチンで、ビニール袋に氷を入れて口を閉じるとタオルにくるみ、


「姫、この氷をタカシ君の両方の脇の下に挟んで」


「うん、わかった」


珠子が孝のもとへ急いだ。操は同じように氷を入れたビニール袋と保冷枕を持って孝のところへ行った。

珠子が言われた通りに脇の下に氷の袋を挟むと、操からまた氷の入った袋を受け取った。


「それを股関節にあてがって」


「はい」


操は持ってきた保冷枕をタオルでくるみ孝の首の後にあてた。


「姫は体が熱かったり、頭が痛くない?」


「うん。大丈夫。ねえミサオ、私少しの間庭に出ていい?」


珠子の真剣な顔を見た操はダメとは言えなかった。


「ちょっとだけだよ」


「わかった」


珠子は一枚ガラスの窓から庭に出た。

操は孝に呼びかけた。最悪、救急車を呼ばなくてはならないかも知れない。


「おばさん」


孝が操を見た。


「タカシ君気分はどう?吐き気はある?」


「大丈夫です。ノッシーは見つかった?」


「今、姫が探してるわ。大丈夫、もうすぐ見つかるわよ」



珠子は操の部屋の前から庭を見渡した。神経を集中する。

104号室の沢野絹が自分の部屋の前に作った花壇の辺りに何かを感じる。しかし、動きは感じない。でも、やはり何か感じる。珠子は花壇に向かった。

その縁にはマリーゴールドが花を咲かせており、中ではサルビアが満開だ。そこからぬうっと誰かが立ち上がった。


「うわっ」


驚いた珠子が声をあげた。


「ん、珠子ちゃんかい」


花壇の中にいたのは御年88歳の沢野絹だ。


「沢野さん、こんにちは。何をしてたの?」


珠子が聞くと


「少し陽が傾いてきたから花に水をあげてたのよ。ついでに雑草を取っていたら、なんか石があるんだけど」


絹がおいでおいでをしている。珠子は絹の傍に行き彼女の目線を追うと、ふかふかな土に石のようなものが半分埋まっている。珠子はそこに(ひざまず)き両手でその石の周りを掘った。


「ノッシー!いた!」


それを見ていた絹は驚いた顔で土に埋まっていたそのコを指差した。


「あれ、石かと思ったら亀さんかい」


「沢野さんありがとう!この子を探していたんです。ここの土を掘ってしまってすみません」


「いいの、いいの。見つかって良かったわね」


沢野絹は暑いから早く戻りなさいと手を振った。

ノッシーを抱いた珠子はペコリとお辞儀をして操と孝のもとへ帰った。


「タカシ、ノッシーいたよ!」


「本当か」


孝が起きあがった。


「タカシ君、まだ安静にしていて」


操が孝を寝かせ、氷が溶けかかったビニール袋を太い動脈の通っているところにあてがった。


「姫、あなたは大丈夫?ノッシーは私が預かるから少し横になりなさい」


珠子はノッシーを操に渡し、私泥だらけなんだけどと言ったが、そのままでいいから横になりなさいとその場で寝かされた。


「よかった」


孝は操の手のノッシーを確認すると安心したのか意識が遠のいた。


「あなたも喉が渇いたでしょう」


操はノッシーに話しかけながら、洗面所へ向かった。


「小さい洗面器で悪いわね」


土だらけのノッシーを洗い、ぬるま湯を張った洗面器に入れた。

しばらく自分の状況を確認していたマイペースなリクガメは、いつもの温浴と理解したのか四肢をばたつかせ糞尿をしたので、操は湯を入れ替えた。それを何度か繰り返し、湯からあげて体をタオルでよく拭くと、柏と柊の部屋のケージにノッシーを放した。

自分の部屋へ戻り、すぐさま孝の様子をみた。体温を測ると平熱になっており、静かに寝息を立てている。

一安心した操はぺたりと床に座り込んでしばらく動けなかった。




さすがに操も草臥れたので、今夜はピザのデリバリーを頼んだ。熱中症から回復したばかりの孝はそうめんを啜っている。


「タマコ、ノッシーを見つけてくれてありがとう。おまえ本当に凄いな」


孝は尊敬の眼差しで珠子を見た。

珠子はマルゲリータを頬張りながら、私じゃないのノッシーを見つけたのは、と言った。


「沢野さんが教えてくれたの。ふかふかの花壇の土に石が埋まってるって」


麦茶を飲んでひと息ついた珠子は孝に笑顔を見せた。


「暑かったからノッシーも土の中に避難しようと潜ったのね。賢い地面の芝生を掘るより、手入れされた沢野さんの柔らかい花壇の土に潜ったんだね。それにノッシーはね甲羅が半分見えるようにしてくれてた。だから見つけられたの」


大したことは何もしていないのよ、といつもの調子で話す珠子は自分よりずっと小さいのにずっと大人なんだと孝は思い少し落ち込む。


「タカシ君、まだ体調が優れないかな?」


沈んだ顔の孝を見て、操が心配する。珠子も孝を見ていた。


「大丈夫。少し疲れたのかな」


孝は頑張って笑顔を見せた。

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