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珠子とエアメール

珠子は今、心を込めて和紙でできた葉書に絵を描いている。今回は雨があたっても泣いてしまわないようにアクリル絵の具で花を描いた。


「姫、それは…ああサルビアとマリーゴールドね」


操が覗き込むように葉書の絵を見た。


「ちゃんとそう見えるかなぁ」


珠子は操を見上げた。


「沢野さんの花壇の花ね。よく特徴を捉えてるわ」


104号室の前の庭に住人の御年88歳、沢野絹が作った花壇があり、今はサルビアとマリーゴールドが満開だ。珠子はスケッチさせてもらい、それを葉書に描いた。

『わたしもげんきです』とメッセージを添えて。


「素敵ね」


「ミサオ、この反対面の書き方をママに教えてもらう」


「それじゃ、リョウ君からの葉書と姫の葉書を持ってコウちゃんのところへ行きましょう」


階段を上って鴻の部屋を訪ねた。


「ママ」


扉を開けた鴻に珠子はそっと抱きついた。そして鴻のお腹に耳を付けて羊水の中で元気に動く弟にお姉ちゃんだよと声を出さずに伝えた。


「コウちゃん、姫がエアメールを出したいんですって。手伝ってくれる?」


操が絵葉書を鴻に見せた。


「もちろん。さあ、お義母さんも珠子もあがって」


鴻は二人を奥へ促した。

ダイニングの椅子に腰を下ろす。


「コウちゃん、体しんどくない?」


操が聞くと鴻は彼女にお腹を向けた。操は珠子と同じように耳を付けると笑みがこぼれた。


「元気ね。足を踏ん張らないと振り回されちゃうね」


「本当、足腰鍛えられてます」


鴻も笑顔を見せた。そして二枚の葉書を見た。


「それで、珠子にくれたこの人に返事を送りたいのね」


「うん。外国にお手紙出すの初めてで文字もわからない。ママ出したことある?」


「ええ、昔は出してた。今はこれで顔を見て話せるでしょう」


鴻はテーブルの隅に置かれたノートブックを指差した。


「それじゃ宛名面書くわね。リョウさんに送るのね。ああ、この人って美大の学祭で案内して絵を見せてくれた彼ね」


「そう」


「珠子、見ててね。向かって右側にTo Mr. Ryou Takadaって書くの。こんな感じで。後は番地と住所と郵便番号。最後に国名のThe Nehterlands」


鴻は覗き込んで見ている珠子に向かって言った。


「次は珠子の名前の部分を書くね。左側の上寄りにFromを最初に書いて、神波珠子、この後は普通に日本語で住所を書いても良いんじゃないかな。ただ、最後にJapanて書いてね。で、下に赤いペンでAIRMAILって書くと完成。切手は郵便局の窓口で貼ってもらえばいいわ」


鴻は宛名面を書き終え裏返した。


「この花、珠子が描いたの?」


鴻が聞くと珠子は大きく頷いた。


「凄いわ。これ沢野さんの花壇のだね」


「ママ、わかるの?」


「ええ、よく描けてる。ねえママにも描いて」


「うん。いいよ」


珠子は鴻に褒めれて恥ずかしそうに首を縦に振った。




操の部屋に戻った珠子は涼への返事を描いていたテーブルのところへ向かった。


「ミサオ、ママに花の絵を描こうかな」


「絵の具も出ているからすぐ始められるわね。葉書じゃなくて画用紙に描いたら。ほら、姫のスケッチブック」


操は鴻が書いた宛名面を写真に収めて、珠子の向かい側に座った。


「うん」


珠子は筆洗いのバケツの水を取り替えにいった。

珠子が花の絵を描き終わったころ、インターホンが鳴り


「こんばんは。206号室の上田です」

操が玄関の扉を開けた。


「こんばんは。どうされました?」


「神波さん、今度の土曜日空いてますか」


「特に予定はないですよ」


「私、フラワ・ランドのワンデイパスをもらったんです」


『フラワ・ランド』はここから電車で三十分ほどの、植物園と遊園地の複合施設だ。遊園地には迫力のあるローラーコースターが多数あるので若者には人気がある。


「はい。それで」


「日にち指定でそれが今度の土曜日なんですけど、隣の咲良ちゃんと一緒に行く約束をしていたんです。でも急に仕事が入ってしまって、私行けなくなりまして」


「ええ」


「もしお時間があれば咲良ちゃんと行ってもらえないかと」


「咲良ちゃんの友だちを誘ってもいいのでは」


「彼女の友人はみんな受験組なんです。一応声をかけたみたいなんですけど無理って言われて」


「ああ、咲良ちゃんは一般的な受験をしなくていいのね」


「高校と同系列の大学は論文と面接でほぼ確実みたいです。で、パスが三枚あるので神波さんと珠子ちゃんで一緒に行って頂けると助かるんですけど」


「咲良ちゃんは私たちと行くの大丈夫なのかしら」


「話はしてあります」


「姫、ちょっと来て」


操が呼ぶと珠子が顔を出した。


「上田さん、こんばんは」


「こんばんは珠子さん」


「姫、今度の土曜日に二階の咲良ちゃんとフラワ・ランドに行かない?」


「行く!ミサオも行くんでしょ」


「ええ、咲良ちゃんと姫と私で行くの」


「行く行く。お腹がヒューってなる乗り物に乗りたい!」


珠子はとても嬉しそうだ。


「よかった。神波さんよろしくお願いします。土曜日の朝八時にこちらに伺うように咲良ちゃんに伝えときます」


上田聖子はパス三枚とリーフレットを操に渡すと帰っていった。


「ミサオ、遊園地楽しみ」


「良かったね。でも、咲良ちゃんと一緒で大丈夫?」


「うん。なんで?」


「リョウ君のことで何となく、ぎくしゃくしてるんじゃないかと思って」


「大丈夫。リョウ君はここにいないし」


「そう。ならいいけど。でも姫、リョウ君からエアメールが届いたことを言っちゃだめだよ」


「もちろん言わないけど、でも咲良ちゃんにも葉書が届いていると思うよ」


珠子がさらりと言う。


「えっ」


操は驚いた顔を珠子に向けた。


「リョウ君は優しいし、気配りの人だから、私だけなんてあり得ないよ」


「そ、そうなんだ」


「うん。土曜日楽しみだな」


珠子はパークを歩く自分を想像してにやにやしながら操に聞いた。


「ミサオ、今日の夜ごはんはなあに」

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