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深く落ち込む珠子

「姫、ヒメっ、来てっ」


操が興奮した声で珠子を呼んだ。


「どうしたの?」


寝起きの珠子が大きな口を開けて欠伸をしながら操のもとへやってきた。


「昨日ポストを見に行かなかったから、今朝、郵便物の確認に行ったの。そしたらほら」


操が一枚の絵葉書を珠子に渡した。

葉書一面にプリントされた川辺の風景画の青空に〈お元気ですか ぼくは元気です〉と油性ペンで書いてあった。


「これリョウ君の字だ」


珠子が葉書を裏返すと、右下にto神波珠子様と読めた。ここの住所も国名以外は日本語で書かれている。左上には多分、涼の名前と住所が外国の文字で記されているのだろう。その下には、やはり何文字かのアルファベットが赤いペンで書いてあった。


「ミサオ、切手が貼ってある面の左側ってリョウ君の住所が書いてあるんだよね。この字赤い文字は何だろう」


珠子に聞かれて操が宛名面を見る。


「これは多分、エアメールでって事じゃない。私は外国の知り合いがいないから、こういった葉書を見るのも初めてよ」


「そうか」


珠子は葉書をじっと見る。


「どうしたの」


「お返事出したいなって思ったの」


「じゃあコウちゃんに聞いてみようか」


「ママに?」


「そう。前にコウちゃんの知り合いがイギリスに住んでるって言ってたから」


「うん。ママに聞く」


「さ、朝ごはんにしましょう」


遅めの朝食をとっていると、インターホンが鳴った。


「こんにちは。津田です」


「はーい」


操が扉を開けると、津田健一がクラフト紙の包みを持って立っていた。


「こんにちは、津田さん。それは──フリーペーパーができあがったんですね」


「ええ、どうぞ」


津田が包みを操に渡した。


「ありがとうございます。あがってもらいたいんですけど、今、朝ごはんを食べているので」


「ああ、ここで大丈夫です。ただ、ちょっと…お耳に入れていただきたい話が…ありまして」


いつになく歯切れの悪い話し方の津田だった。


「どうされました?」


「あの…このフリーペーパーの珠子ちゃんの特集で何カ所か行きましたよね」


「ええ」


「その中に店舗で撮影したのが三カ所ばかりあったのですが」


「そうでしたね」


「実は…そのお店が、その時のことを宣伝を兼ねてSNSにアップしたんです」


「はあ、そうなんですか」


「珠子ちゃんのオフショットと言いますか、店舗の方が勝手に撮ったものなんですがね。それがかなり拡散されたんです」


「そうなんですか。お店のPRになって良いんじゃないですか」


「まあそうなんですけど、それに対して色々な書き込みがありまして。殆どが良い内容なんですが、賞賛があれば悪口みたいな非難する文面のものもありまして」


「そうですか」


「で、その非難する書き込みの中に、とても暴力的な内容があったものですから。前にも珠子ちゃんが襲われたことがあったと聞きましたので」


「そうですね。気をつけます。教えてくださってありがとうございました」


「人は次々に新しいものに関心を寄せていきますから、様々な書き込みも日を追う毎に減っていくと思いますけど」


「はい。そうなることを願います。しばらくはあの子の周りに気を配るようにしますわ」


「せっかくの珠子ちゃんの特集に、こんな形でケチがついてしまい申し訳ありません」


津田は深くお辞儀をした。


「やめて津田さん。あなたが悪いわけでは無いし、今の世の中では以外と普通のことなのではないかしら。とにかく、このことを教えてくださってありがとうございます」


「もし少しでもおかしいことがあったら警察に行ってくださいね。それでは失礼します」


「津田さん、さようなら」


珠子がでてきて挨拶した。


「お世話になりました」


操は珠子と手を繋ぎながらお辞儀をした。

津田が帰り、操は珠子に笑顔を向けた。


「姫、この間撮影したのが載ってるペーパーをあっちで見よう」


「うん」


クラフト紙の包装を開いて印刷された情報誌を一部取るとテーブルに広げた。


「今回のって今までのより紙に厚みがあるわよ。ページも多い」


A3サイズのコート紙を三枚重ねて二つ折りしたもので、十二ページの情報誌だ。珠子の特集は見開きをまるまる使って掲載されていた。


「姫、姫がたくさんいるよー。可愛いー。この、かき氷を食べて頭キーンの表情でこれだけ可愛いいのは姫だけよ!」


「そうかな。眉間に皺が寄ってるし。四歳がこの感じはないよね」


「見て。金魚すくいを失敗したときの口の開け方が、ムンクの叫びっぽくていじらしい」


「この写真を載せるって、津田さんの悪意を感じるけど」


「こっちのろくろ体験の悲しそうな顔が切ないし」


「えー、なんで失敗した瞬間を選んだのぉ。二回目に挑戦したら上手にお茶碗ができたのに」


「上手にできた茶碗や、いつもの姫の表情は周りにちりばめられているわよ」


「変な顔の大きな写真のすき間を埋めるみたいに…この小さい写真こそ大きく載せて欲しかった」


珠子は落ち込んだ。


「なんか見たくなかった。ねえ、ミサオ、これはみんなに配らないで」


「なんで?今回のも含めて表紙の写真が凄く可愛くて綺麗だから、こういう姫の違う一面が貴重なのよ」


操の目尻が下がりっぱなしだ。

結局、このフリーペーパーは操が『ハイツ一ツ谷』の住人全てのポストにポスティングし、孝にもあげた。

見開きの珠子の特集を見た孝は、珠子に優しい笑顔を向けた。


「この大きな写真のタマコが、いつもおれが見慣れている顔のおまえだから、なんかほっとする」


こんなことを言う孝を睨みながら、珠子はとても落ち込んだ。

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