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珠子の初めてのお使い

「山口君、私たちと一緒に帰ろうよ」


靴箱の前で孝は声をかけられた。

振り向くとクラスメイトの女子三人だった。


「おれ、寄るところがあるから」


そう言って孝は昇降口を出ていった。


「山口君つれなーい」


女子たちは残念そうに言った。

孝は運動神経が良く優しい性格で同じクラスの女子たちから人気があるらしい。

ただ、本人は全く自覚してないようだが。

今日の孝は実際寄るところがある。

『ハイツ一ツ谷』に行くのだ。それは、神波珠子と出かけるために。




昨夜、柏の携帯から電話があった。出ると、珠子の声だった。


──もしもし、タカシ?


──タマコか?どうしたの?


──あのね、お願いがあるんだけど…


珠子の話は、明日は操の誕生日で花束をプレゼントしたいのだという。操には内緒にしたいので一緒に花屋に行ってくれないかということだった。駅の隣のビルに色々な種類の花を扱う店があるので、そこに行きたいと言っていた。


──いいよ。学校帰りにおまえのところに行くよ。


そう言って電話を切った。




アパートに着き孝はインターホンを押した。

操が扉を開けて微笑んだ。


「タカシ君いらっしゃい。どうしたの?」


「こんにちは。タマコいますか」


「ええ、いるわよ。さあ、あがって」


そこへ珠子がやってきた。


「ミサオ、タカシと出かけていい?」


「二人で?」


「うん」


もちろん操は気がついている。珠子が自分に内緒で何かを買いに行くことを。


「おばさん、ずっと手を繋いでおれが珠子を守るから」


孝の真剣な態度に操は、よろしくお願いします、と言いながら微笑んだ。


「ランドセル預かるね」


操が孝の降ろしたのを受け取る。


「ミサオ、いってきます」


「タカシ君たのみますね。いってらっしゃい」


操も外に出て二人の後ろ姿を見送る。

珠子の手を握っている孝がガチガチに緊張しているのが可愛らしいわと思いながら操は部屋に戻った。


「タカシ」


珠子が孝を見上げる。


「なに?」


孝も珠子を見る。


「そんなにぎゅっと握らなくても大丈夫だよ」


「手、痛いか?」


「痛くないけど、タカシの腕が疲れちゃうよ」


「平気だよ。それよりおまえとはぐれちゃう方が心配だからな」


孝の頭の中では、五月最後の日に、あの男前の青年から「これからは君が珠子ちゃんを守ってくれ」と耳打ちされた言葉がぐるぐると回っていた。アンタに言われなくても、おれが守るよ。と孝は思った。

駅隣りの複合ビルに着くと、珠子は孝を引っ張りながら通りに面した花屋に向かって走った。


「いらっしゃいませ」


女性店員が笑顔で出てきた。

珠子が小さながま口を開けて中を彼女に見せながら言った。


「これで買えるお花をプレゼントにしたいんですけど」


「お財布の中身を見せてもらっていいですか」


店員がコイントレーを持ってきてしゃがんだ。珠子がその上にがま口の中身を全部出した。店員が金額を確認して、


「花束と小さな籠に盛るのとどっちがいいのかしら。どなたにプレゼントするの?」


珠子に聞いた。


「おばあちゃん。でもそう呼ぶと嫌がる」


その返事に女性店員はくすっと笑った。


「籠に花を飾るタイプの方がもらった方も手入れが楽だと思いますよ。お嬢さんの予算だとこのぐらいのサイズの籠になりますけど」


かなり小さな籠だったが珠子は、それで作って欲しいと頼んだ。

花びらのふちが濃いピンクに彩られたトルコキキョウが三本と飾り葉が、籠に置かれたセロハンの中の水分をたっぷり含んだ緑色のスポンジに刺さっている。


「てんとう虫と蜂の飾りピックをサービスしますね」


店員は手早く美しい小さな花籠を作り上げた。


「わあ、かわいい」


珠子は満面の笑みで花籠が入った手提げを受け取った。


「タマコ、それおれが持つよ」


孝が手を差し出し手提げを持った。


「お姉さん、ありがとう」


珠子は手を振り孝と店を後にした。


「ありがとうございました」


店員はお辞儀をして小さなお客様を見送った。


「タマコ、手」


孝は手提げを持っていない方の手を差し出した。珠子がその手をしっかり握る。

二人は操が待つ部屋へ帰路を急いだ。駅前のロータリーを過ぎた辺りで、


「山口君」


声をかけられた。

二人は立ち止まり、ゆっくり後を向くと孝のクラスメイトの女子三人だった。そのうち二人は学校の靴箱で声をかけた女子だ。


「その子、山口君の妹?」


女子の一人が聞いた。


「違うよ」


孝は言った。


「ふーん。手を繋いで仲良いね」


彼女たちは珠子に興味津々だ。


「おれたち先を急いでいるから、じゃあね」


孝は珠子の手をぎゅっと握りその場を離れた。

離れたところから微かに女子たちの声が聞こえた。


「あの女の子、フリーペーパーの表紙の子じゃない」


明日教室であいつらに質問攻めにあうなと思うと孝は少し憂鬱になった。


「タカシ」


珠子が孝を見つめる。


「どうした」


「さっきの女の子たち、同級生?」


「そう。同じクラスの人」


「なんか私たちのことを凄く気にしていたよ」


「そうか。気にしなくていいよ」


そのあとは無言で歩みを進めた。操のところに着くと、


「ミサオ、ただいま」


「姫、タカシ君、お帰りなさい。タカシ君、手を繋いでくれてありがとう」


操に言われて、二人は慌てて手を離した。

珠子は孝が持っていた手提げを受け取ると


「ミサオ、お誕生日おめでとう」


操に渡した。


「あ、ありがとう。ね、二人とも、とにかくあがって」


珠子と孝は奥のソファーに並んで座った。操は珠子がくれた手提げをテーブルに置いて中のものをそっと取り出した。


「まあ、素敵!可愛くて綺麗ね」


操は涙ぐんだ。


「お小遣いをずっと貯めていったんだけど小さいのになっちゃった」


珠子が小さな声で言った。


「最高よ。姫が私の誕生日を覚えてくれていただけで感激よ。しかもこんなに素敵なお花、ありがとう。タカシ君も姫の傍にいてくれて本当にありがとう」


操は正面に並んで座っている二人にお礼を言った。


「おれは別に何もしてないです」


孝が頭を掻いた。


「いいえ、姫はタカシ君を凄く頼りにしてるわ。あなたがいるから、こうやって出かけることができたの」


「そうだよ。タカシ」


珠子も孝にありがとうを言った。


「お腹空いたでしょ。おやつ持ってくるわね」


操はプレゼントされた花籠を目がよく届くテレビ台に置いてキッチンへ向かった。


「タカシ、明日学校でさ、さっきの子たちから何か言われちゃうかもね」


珠子が孝を見る。


「大丈夫だよ。無視するから」


「タカシのカノジョって言ってもいいよ」


こう言われて孝は思わず珠子をじっと見つめた。そして顔を紅くしながら言った。


「バーカ」

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