柊と柏(2)
「調子はどうなの?疲れてない?」
柏が月美の顔を覗く。
「大丈夫よ」
月美は笑顔で答えた。
102号室のキッチンで、柏は月美が持参したスーパーの袋の中の食材をテーブルに広げる。
「何作ってくれるの」
「なんでしょう」
二人の様子を少し離れたところから珠子と孝が窺う。
「カシワ君と月美さんは仲良しなんだね」
珠子が言うと、
「タマコ、これから話すことはナイショだからな。誰にも言っちゃだめだぞ」
孝が声をひそめる。
「うん。わかった」
珠子も小さな声で言った。
「お母さんはね、カシワが一緒だと子どもが一人増えたみたいだって嬉しそうに言ってた」
「へえー」
頼れるお兄さんといったイメージのカシワ君が甘えてるのがなんか可愛いなと珠子は思った。
それだけ月美さんに安らぎを感じてるんだとも思ったので
「タカシ、ノッシーのところに行ってよう」
孝の手を取ってそこから離れた。
「あの茶番劇みたいなのは何ですかね」
「本当ですよ。珠子ちゃんをだしにして美雪を持ち上げるかたちになってしまって申しわけないわ。その後の主人の満足気な顔と固い握手もね」
石井家の広い台所では、美雪の母の美子と柊の母の操が苦笑いで昼食の用意をしていた。
用意と言っても店の厨房から届いたものを配膳するだけなのだが。
「操さん、お客様に手伝わせてしまってすみません」
「なーに言ってるんですか。私は客ではありませんよ。親戚だと思ってます」
「嬉しいわ。これからも仲良くしてくださいね」
「はい、こちらこそ。で、美子さんこのお重を運んでいいのかしら。うわー、蓋がされていてもいい匂いがする!」
「せっかくですから、うちのを味わっていただければと思って。それじゃ、そのお盆のお重をお願いします」
操は香ばしい匂いを漂わせながら『松亀』の鰻重を応接間に運んだ。その後から美子が肝吸い椀のお盆を持ってきた。そこでは柊と美雪とその父の守之が和やかに雑談している。
「美雪、あなた手伝ってよ」
美子が美雪をじっと見ながら言った。
「お茶を淹れなおしまーす」
美雪はさっと立ち上がるとテーブルにあった湯呑みを急いで下げた。
みんなの前に鰻重と肝吸いと奈良漬けの乗った小皿が並べられ、美雪が新たに淹れた茶の湯呑みを置いていった。
「それではいただきましょう。操さん、柊さん、どうぞ召し上がって」
美子の声に、操が重箱の蓋を開けると、
「うわぁ素晴らしい」
思わず声をあげた。
一口サイズにしようと鰻に箸を入れると、
「柔らかくてふわっとしている」
そしてそれを口に運んで、
「凄い!香ばしい、とろける、美味しい!」
感激の声をあげた。
「母さんいちいちうるさいよ」
柊が恥ずかしそうに操を窘めた。
それを見ていた美子がにこやかに言った。
「喜んでいただけて嬉しいです」
「この蒲焼きは息子さんたちが捌いて焼いているんですか?身がふわふわで香ばしくて、たれもすっきりして美味しいです。それに小骨を全く感じないです」
操は興奮気味に言うと、
「そう仰っていただけて本当に嬉しいわ。何しろ捌くことに凄く神経を使っているのと骨抜きも使っているんですよ。親方は厳しいですからね。蒸しも焼きもたれも、あの子たちはよく頑張っていると思います。ねえ、親方」
美子は隣の守之を見た。
「う、うん。まあ頑張っているな。ところで、柊君、美雪、いつ籍を入れるんだい」
守之が突然の直球を二人に投げてきた。
「お父さん、話が急過ぎる」
美雪が驚いた顔を守之に向けた。
「お義父さん、俺はもちろん早く彼女と結婚したいです。その為にもしっかり計画と準備をしたいんです。ですからもう少しの間温かく見守ってもらえませんか」
柊が箸を置いて真面目に応えた。
柏たちの部屋では、四人で昼の食卓を囲んでいた。
「月美さん、このお豆の煮込んだの美味しいです」
珠子のスプーンが止まらない。
「これはね、チリコンカンもどき。豆と挽肉と香味野菜に香辛料を入れてトマトソースで煮込んだの。レタスやトーストに乗せて食べてみて」
月美は嬉しそうに、みんなが食べているところを見ていた。
「お母さん、これ時々作るよね」
孝がレタスに乗せてかぶりついた。
「月美の味付けって、俺、好きなんだよな」
柏がしみじみと言う。
「好きなのは味付けだけじゃないよな」
孝がすかさず口を挟んだ。
「おまえは、余計なことを言うんじゃないよ」
柏が両手をグーにして孝の頭をぐりぐりした。
「ちょっとそこの二人、食事の時はふざけないで」
三人のやりとりを見ていた珠子は心の中で言った。
「もう、すっかり家族じゃない」