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柊と柏(1)

六月最初の土曜日、柊は緊張していた。

今日は将来を見据えて付き合っている石井美雪の両親と、柊の母の操が顔合わせをするのだ。これから美雪の家を操と訪ねるため、慣れないネクタイを締めて鏡の前で確認する。が、普段着けることがないのでよくわからない。そもそも今着ているシャツとジャケットにこのネクタイで合っているのかさっぱりわからないのだ。


「カシワ、これで大丈夫かな?」


頼れるのは柊の兄、柏だ。彼は洒落者で、色や柄の合わせ方が絶妙だなと柊はいつも感心している。


「いいと思うよ。ジャケットは…こっちのリネンでいいんじゃない。え、母さんも一緒に行くの?じゃあカジュアル過ぎるか。皺になるしな。だったら俺のを着てみなよ」


兄弟はほぼ同じ背格好なので柏がサマーウールのを貸してくれた。頼れる優しい兄貴に感謝しながらテーラードジャケットに袖を通した。

隣の操の部屋では、珠子が、いつもと違う多分おめかししているらしい操を見ていた。


「姫、この格好どうかな」


淡い若葉色のブラウスにグレージュのパンツスーツを着た操が珠子に感想を求めた。


「普通…かな」


珠子の返事に、


「普通かぁ」


操は少し悲しそうな声をあげた。


「美雪お姉さんのお家に行くんでしょ。普通なのがいいんだと思うよ」


珠子がすかさずフォローの発言をする。

操と珠子は部屋を出ると、柏と柊の部屋へ移動した。


「ヒイラギ、支度できた?」


「ああ、大丈夫。母さん今日はよろしくね」


「こっちこそ頼むね。それにしてもヒイラギ、馬子にも衣装じゃない」


「じろじろ見るのやめてくれ。じゃあ行こうか」


「カシワ、姫を頼むね」


操が言うと、珠子が柏の元へ行った。


「いってらっしゃい」


二人を送り出した柏と珠子は顔を見合わせて


「挨拶に行くのも大変だねぇ」


と声を揃えて言った。


「カシワ君、出かける予定無かったの?私だったら一人でお留守番できるよ」


「大丈夫だ。余計な気をつかうな」


柏は珠子の頭をくしゃっと撫でた。





柊の車で、いつになく緊張気味の操が聞いてきた。


「今更だけど、美雪ちゃんのご両親ってどんな方なの」


「まあ、お義父さんは職人だから多少頑固だけどいい人だよ。お義母さんは母さんと同い年だ。結構面白い人で話が合うかもな。お義兄さんたちは…まだあまり顔を合わせた事が無いんだ」


「そう。やっぱり緊張するわぁ」


「いつも通りで大丈夫だよ。そろそろ着くよ」


柊は、有名な鰻屋『松亀(まつき)』の駐車場で店舗から一番遠いスペースに車を駐めた。


「立派な店構えね」


操は建物の外観を見渡して思わず呟いた。


「母さん行くよ」


二人は店の外の道路をぐるりと回って住居へ向かった。


「ヒイラギ、凄い!これ数寄屋門(すきやもん)よ。お店に負けないぐらい立派なお宅ね」


「そうだな。最近はこんなに重厚感のある家ってあまり見ないよな」


柊はインターホンを押した。


「はい」


「こんにちは、神波です」


「あっ、どうぞ。入ってちょうだい」


柊と操は門の引き戸を開けて、打ち水された石畳を玄関まで進んだ。凝った造りの木製引き戸が開いて可愛らしい雰囲気の和服の女性が迎えてくれた。


「初めまして。わたくし神波柊の母、操と申します。本日はお招きいただきましてありがとうございます」


「ようこそおいでくださいました。さ、どうぞあがってください」


二人は応接間に案内された。


「お口に合うかわかりませんが、どうぞお受け取りください」


操は『菓匠・藤花(とうか)』の手提げ袋を手渡した。


「まあ、ありがとうございます。お掛けになって楽になさってください。今、お茶をお持ちしますね」


「どうぞお構いなく」


和服姿が部屋を出ていくと、柊が操に耳打ちした。


「あの人が美雪のお母さん」


「そうなの。若い~。同い年とは思えない」


そこへ恰幅(かっぷく)のいい少し強面の男の人が現れた。

柊が素早く立ち上がる。操もそれに続いた。


「お義父さんおじゃましてます」


柊が深々とお辞儀をした。操が(なら)って挨拶をする。


「初めまして。わたくし柊の母、神波操と申します」


その時、先ほどの和服姿がお茶を持ってきた。


「まあまあ、お掛けになって。美雪は今、近くに買い物に出てまして。もうすぐ戻ってくると思います」


それぞれの前にお茶を置くと、強面の隣に座った。


「改めて自己紹介をしますね。私の隣にいるのが」


「美雪の父、石井守之(もりゆき)です」


良く通る声で言った。


「私が美雪の母の美子(よしこ)です」


「柊の母、神波操でございます。息子がお世話になっております」




「母さん今ごろ緊張してるんだろうな」


柏が笑いながら言った。


「美雪ちゃんの両親ってどんな人なのかな?」


「そうだな、先方は老舗の鰻屋の主だから職人気質の頑固な人かもな」


「今日はタカシ来ないの?」


「昼ごろ来るよ、月美と一緒に」


「タカシのお母さんも来るんだ。会うの久しぶりだな」


「そうだな。彼女は茜たちの部屋にはしょっちゅう来てるだろうけど、ここやタマコの部屋には顔を出す機会があまりないな」


それから少しの間、柏は何か考えていた。


「なあ、タマコ、おまえ月美のことどう思う?あまり会ってないからわからないかも知れないけど」


柏は珠子と目を合わさずに聞いた。

珠子が思い出しながら言った。


「最初はね、一瞬タカシを傷つけてるって感じたの。けどね、それより、苦しい辛いタカシごめんなさいって謝っていて、彼女を助けなきゃって思ったの。それから月美さんは少しずつ元気になって、去年鍋をみんなでやったでしょう。あの時の月美さんてびっくりするくらいキラキラしていたよ」


「へーえ」


「クリスマスもお正月もキラキラしていた。ああ、月美さん幸せなんだなって思ったの」


珠子は柏の後方を見つめながら言った。




その頃、柊と操は美雪と彼女の両親と和やかにと言うか、和気あいあいと話が弾んでいた。強面の守之は緊張で力んだ顔になってしまったと、にこやかに笑い、操は普段と変わらないおばちゃんに戻っていた。

美雪が店に置いてあるタウン情報のフリーペーパーの最新号を持ってきた。


「この表紙の女の子、柊君の姪っ子さんなのよ」


菜の花畑にオーバーオールの女の子がバンザイをしている画像に、彼女のいろいろな表情をした顔のアップや花を持っている手元などの画像をコラージュした表紙を美雪が両親に見せた。


「ハロウィーンとおみくじの表紙も柊君の姪っ子さんよね。凄く可愛かったから印象に残ってるわ」


美子がべた褒めしてくれたのを見て操は目尻が下がりっぱなしだ。


「確かにタマコも可愛いけど…」


柊の言葉に、美子は


「彼女タマコちゃんっていうの」


本当に可愛いと頷く。


「俺にとって誰よりも可愛くて愛おしいのは美雪だから」


柊は美雪の目をじっと見たまま言った。


「やだぁ、ヒイやめて恥ずかしい」


美雪は顔を紅くして俯いた。ヒイとは二人きりの時の柊の呼び名だ。

その様子を見ていた彼女の父は柊と固い握手を交わす。

操と美子は目が点になったまま固まっていた。


「そ、そろそろお昼にしましょうか」


我に返った美子が立ち上がった。


「わ、私もお手伝いします」


操も後に続いた。




「カシワ、遊びに来てやったぞ」


「こら、そんな言い方しないで」


『ハイツ一ツ谷』の102号室の玄関から声がした。


珠子が走って出迎えた。


「こんにちは。いらっしゃい」


「タマコ、おまえいたのか」


「孝、言葉遣いが悪い。珠子ちゃんごめんね」


月美が孝の頭をぺしっと叩いた。珠子は孝だけに見える角度でニヤッと笑って見せた。


「月美、いらっしゃい。あがって」


心なしか優しい声で柏が言う。


「カシワ、おれには言ってくれないのかよ」


孝が口を尖らす。


「タカシあがれよ」


柏は月美を奥に連れていき後を向いたままで言った。


「何だよ」


ふてくされた声を出す。


「タカシあがって」


珠子が孝の手を繋いでを引っ張った。


「うん」


恥ずかしそうに頷いた。

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