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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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かの子と孝の書

「いってらっしゃい」


玄関で、いつもと違うフォーマルな服装の操と珠子を見送った大島かの子は扉が閉まっても少しの間そこに立っていた。

今日は操たちをはじめ、隣の柏たちも親類の結婚式に出席するため出かけて行った。


「さて、掃除機をかけましょうか」


もちろん、かの子は留守番だ。

自分は居候なのだ、そう彼女は自覚している。

もちろん、操と珠子はそんな風に思っていないのもわかっている。

かの子は軽量なスティックタイプの掃除機をかけながら、まだ怪我を負う前と同じとは言えないが、それでも結構右手を動かせているのが嬉しかった。リハビリを頑張った結果をちょっとずつだが実感できるようになってきた。

一通り掃除を終えると、丁度洗濯機の終了音が鳴ったので洗い上がったものをカゴに入れて持ち上げる。両手で持っているが右手にもしっかり力が入っている。

リビングの掃き出し窓を開けて庭に出る。いい天気だ。

折りたたみ式の物干しを広げて角ハンガーを吊すと洗濯物を干していく。大して体を動かしたわけではないが、いい汗をかいた。

干し終わりカゴを片付け、マグカップに冷たい麦茶を注ぐとそれを持ってソファーに腰を下ろした。

麦茶を飲んでひと息吐き、かの子は壁に貼られた三枚の長半紙の書を見つめた。

書き初めなのだろう。一枚は去年に、二枚は今年の正月に書かれたと思われる。

『初春の空』この書の左側には五年三組神波孝と書いてある。

『珠子と孝』『操と珠子』この二枚は六年三組となっている。

操のところに住まわせてもらうようになってすぐに、この三枚が気になっていた。しかしジロジロ見るのも失礼かと思い気にしないようにしていた。

自分しかいない今日は、じっくり見ることが出来る。


「いい字ね」


彼の書く文字は真面目でかつ勢いがある。

そして、彼は幼い頃にとても辛い思いをしていたが、ある時期を境に充実した毎日を送っている。とても大切に思っている人が何人かいる。かの子は孝の書を見て、そう感じ取った。

彼女は半紙に走らせた文字を見て、それを書いた人が何を思っていたのか何を考えているのかを感じ取れる。

孝の書を見ていたら、ああ…書きたい、半紙に思い切り筆を走らせたいという衝動に彼女は駆られた。

そして、子どもたちに書を教えたい。その文字を見つめてその子の思いを感じ取りたい。その子が幸せなら良かったと思うし、そうでないのなら何か手助けすることが出来ないか考える。何も出来ないかも知れないが、話を聞くことぐらいなら出来る。

操の所(ここ)は、みんな優しくて…珠子ちゃんや孝君は本当にいい子だし居心地が良くて、操さんと一緒にいると自分も素直になれる。

でも、自分の住まいに戻って息子夫婦と孫娘が眠っている場所の傍にいたい。そこでまた書道教室を再開したい。

こちらに来る前、教室に通ってくれていた子どもの中に何人か悩みを抱えている子がいた。そんな彼らの話を聞いて言葉を交わしているうちに、その子たちの表情が少しずつ明るくなっていくのが嬉しくてやり甲斐を感じていた。

かの子は、今まで以上にリハビリを頑張って自分の住まいに早く戻ろうと思った。

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