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涼がいなくなって

「随分綺麗に使ってくれてたんだな」


柊が室内の状態を一つずつ確認しながら感心した。

茜も水回りを見ながら


「こびりついた汚れが殆ど無いのよね。ここを出る前に大掃除したのかしら」


柊と茜は、昨日退去した高田涼の部屋だった208号室にいた。次の入居者のための手入れと修理と清掃の確認をしていた。


「美大生だろう。絵の具が飛んだり、たまには友人の出入りだってあっただろうしな。何でこんなに汚れて無いんだ」


「リョウ君は汚れる作業や友人たちが集まるときは、アトリエを使っていたのかも」


操が言った。


「アトリエなんか持ってるんだ」


「ここと大学の間ぐらいのところに冷暖房完備で明るくて広い快適な空間の建物でね、借りてるって言ってたけどお父さんの持ちものなんじゃない」


「母さん行ったことあるんだっけ」


「一度だけ姫とね」


「ねえ、涼さんの父親って著名な画家なんだろう。どんな絵を描いてるのか知らないけど」


柊が言った。


「柊くん、絶対目にしたことあるよ」


茜が柊のデニムパンツの尻ポケットからスマホを抜くと、ケースの背面を彼に向けた。


「これ。このケースにプリントされたイラストが『利良ックス』の作品よ」


「りらっくす?」


「そう、名前にXをつけて利良ックス。まあエックスは発音しないらしいけどね。Xはキスを表しているとか、作品のモチーフやタッチが癒やされるのでリラックスと読ませているとか、諸説あるみたい」


ケースのイラストは抽象的に描かれたもので、よく見ると空と森と湖のように見える。左下に『RiraX』とサインされている。


「へえ、これが高田利良の絵なのか」


柊はなるほどねぇと思った。


「柊くんの趣味とは思えないんだけど、このイラストのケースなかなか手に入らないのよ」


茜の言葉に、柊がニヤける。


「確かに俺の趣味ではないけど悪くないだろう」


「可愛い彼女のプレゼントだものね」


操が笑った。


「そうだ、ヒイラギ、商店街のカフェの前の店で使われてた看板をどうやって上手いこと目立たなくさせたの?」


操の疑問に柊は


「あの商店街はアーケードになってるじゃない。雨風と紫外線の影響をある程度気にしないでいいから半端に残っていたカッティングシートを貼った。内装用だからいつまで持つかわからないけど、しばらくは大丈夫だと思うよ。店が儲かってお金に余裕ができたら専門の業者にきちっとやってもらえばいいんじゃない。俺のは応急処置だよ」


と言うと、操は私には立派な子どもたちがいて幸せだと柊にハグをした。柊は少し引いている。

つれない態度の柊を見ながらパンパンと手を叩いて言った。


「さ、ウチの仕事してちょうだい」




操たちが208号室の状態を確認している頃、珠子は102号室で柏と一緒にノッシーのケージの掃除をしていた。


「タマコ、少しは元気になったか?」


柏が珠子の顔を見る。


「え、元気だよ。どうしてそんなこと聞くの」


「涼さん出ていっちゃっただろう。タマコ、ファンだったんじゃないの」


「うん。リョウ君は大好きだけど、夢を叶えるために外国に行くんだから、ここを出るのはいいことだよ」


「おまえって凄いな。本当は俺の母さんより年上なんじゃないの?」


「カシワ君、ちょっと何言ってるのかわからない」


「人間ができてるって話」


「やっぱり、わからない」


その時、


「カシワ、遊びにきてやったぞ」


玄関から孝の声がした。


「タカシ、いらっしゃい」


珠子が言った。


「あ、ああ」


孝の目が泳いだ。


「タカシ、ノッシーのところの掃除をしてるんだ。おまえも手伝ってくれ」


柏が手招きした。孝がケージの前にくると、


「床材の湿ってるところと尿酸がついて白くなってる部分を取り除いて欲しいんだ。取ったやつはゴミ袋に入れてくれ。俺はノッシーを温浴させてくるから」


柏はリクガメを持ち上げると洗面所につれていった。


「タマコ、掃除しちゃおう」


「うん」


「おれが汚れたやつを取るからゴミ袋を広げて持っていて」


「わかった」


二人は黙々とケージの掃除をした。たまに目が合うがお互い何も言わない。それを少し離れたとこで柏が見守っていた。


「こんなもんかな。カシワ汚れた床材取ったよ」


孝が言うと、柏は新しい床材が入った袋を持ってきた。


「取り除いたのと同じくらい補充して、入れたら元々あるやつとよく混ぜてくれ」


孝は柏の指示通りケージ内を整えると、満足そうな顔で柏に言った。


「終わったよ」


「うん。綺麗になったな。それじゃ手を洗っておいで。洗面所はノッシーが使ってるから、キッチンの流しで洗って」


二人がキッチン消えて、柏はケージ周りに置かれた床材が入った袋やゴミ袋を片付けた。


「姫、いる?プリンちゃんのところへ行くわよ」


玄関から操の声と共に柊が戻ってきた。


「ヒイラギお疲れ」


柏が労いの声をかける。


「おう、彼は部屋を綺麗に使ってたから、こっちの作業は床のコーティングぐらいだ」


「そうか、ビールでも飲むか?」


「いいや。これからちょっと出かけてくる」


柊は寝室へ着替えに行った。

操は周りを見ながら聞いた。


「姫いないのかしら」


「今、タカシと手を洗っているよ」


柏が二人を呼びにキッチンへ行き、三人で戻ってきた。


「おばさん、こんにちは」


孝が挨拶すると操も笑顔で返した。


「こんにちは。タカシ君、これから姫と商店

街に甘い物を買いに行くんだけど一緒にくる?」


操が誘うと、孝は柏をちらっと見た。


「タカシ、タマコと一緒に行っておいで」


と柏が言った。


「タカシ行こう。可愛いワンコがいるんだよ。プリンちゃんっていうの」


珠子は孝の背中を押して玄関へ向かった。




商店街までは孝が先に歩きその後に珠子と操が手を繋いで続いた。

商店街はそこそこ人通りが多く入り口の吉田精肉店の話し好きな正子に捕まらずに道の中ほどまでスムーズに進めた。


「タカシ、ここ」


珠子が孝の手を引っ張って『ぶるうすたあ』の扉を開けて店内に入った。奥から軽やかにグレーの小型犬が走り寄った。


「プリンちゃん、こんにちは」


珠子がしゃがむとプリンが後ろ足で立ち上がり顔をペロペロ舐めた。


「プリンくすぐったい」


「可愛いワンコだな」


孝もしゃがむと、プリンは孝に向かってジャンプした。その勢いで抱き上げると、大人しく孝の腕に納まった。


「いらっしゃいませ。珠子ちゃんこんにちは。神波さん、どうも」


店主の江口カナが出てきた。


「カナさん、調子はどう?結構流行ってるって聞いてるわよ」


「おかげさまで何とか頑張ってます。あら、プリンが彼に凄く懐いているわ」


カナが孝と抱きかかえられたプリンを見て微笑んだ。


「彼は姫の友人の孝君」


操が紹介した。


「孝さん、ようこそ。プリンも大歓迎だわ」


「こんにちは。この子可愛いですね」


孝はプリンをそっと下ろした。


「予約していたフルーツサンドを受け取りに来ました」


操が用件を伝えると


「はい、準備できています」


カナが一度奥に戻って手提げ袋を二つ持ってきた。

操は袋の中を確認して会計を済ませると


「カナさんまたね」


両手に袋を提げて店を後にした。


「ありがとうございました」


カナがお辞儀をした。

珠子と孝もバイバイと言って店を出た。

孝が珠子の手を取った。

珠子が孝を見る。


「おばさん両手が塞がってるだろう。おれが代わりに手を繋ぐ」


「うん」


二人は操の前を歩き、後からその様子見た彼女は、うふっと微笑んだ。

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