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プレゼント

五月の日中は夏なのかと思うほど空気が暑くなる。

操と珠子は駅に向かって歩いていた。

駅前ロータリーが見えてきた。駅前のシンボルツリーの根元に植えられた満開のツツジの花がマゼンタ色の光を発しているみたいに眩しい。


「姫、どんなものをプレゼントする?」


「うーん、どうしよう」


「美味しいお菓子をもらうと嬉しいなんてことはないよね」


「ミサオ、私たちとは違うよリョウ君は」


「そうよね」




今朝、珠子と操のところに208号室の住人、美大生の高田涼が訪れた。


「おはようございます、神波さん。タマコちゃんいますか」


「おはようございます。どうしたの」


操が笑顔で出迎えた。


「タマコちゃんに渡したいものがあって」


「まあ、ちょっと待ってね。姫、姫!おや、来ない。とりあえずあがって、リョウ君」


「いえ、これから授業があるので」


洗面所では珠子が見事にあちらこちらに跳ねた寝ぐせ髪を一生懸命抑え込んでいた。大好きな涼にこんな姿は見せたくない。ましてあと何回彼と会うことができるのかわからないのだ。


「姫!」


「はーい」


涼が帰ってしまいそうな気配がする。仕方がないが跳ねた髪で玄関へ出ていった。


「リョウ君おはようございます」


俯き気味で珠子は挨拶をした。


「おはよう」


涼が爽やかな笑顔で珠子を見ている。


「こんな格好でごめんなさい」


パジャマ姿の珠子は俯いたまま涼と目を合わさない。涼はしゃがんで少し下から珠子を見上げた。


「タマコちゃん、モデルになってくれたり、絵手紙くれたり、アトリエや学祭に来てくれてどうもありがとう。これ、受け取ってくれるかな」


涼は黄色いリボンを掛けた箱を珠子に手渡そうとしたが、彼女の小さな手には大きさも重さも負担になりそうなので足もとに置いた。珠子はちょこんと正座をして、


「リョウ君ありがとう。開けてもいい?」


「もちろん」


リボンをほどいて箱の被せ蓋を持ち上げるとB4サイズの額に細密描写の色鉛筆画が納まっていた。


「きれい。これ私だ」


桜の花びらが舞う中、斜に構えた珠子がこちらを見て微笑んでいる。


「素敵、穏やかな温かい気持ちになるわ」


珠子の隣に膝をついて涼の絵を見た操は思わず呟いた。


「タマコちゃん、ありがとうございました。どのぐらいかかるかわからないけど、こっちに戻ってきたとき胸を張って君と会えるように修行してきます」


涼は指の長い大きな右手を珠子に差し出した。珠子も小さな右手を出すとしっかり握られた。

何か言わなくちゃと珠子は思ったが言葉が出せかった。一言でも声を発したら嗚咽になってしまう。

涼は立ち上がると、


「それじゃ、お邪魔しました」


と言って部屋を出ていった。

珠子はその場にペタッと座り込んでぼーっとしている。


「姫、大丈夫?」


「うん」


「この絵、早速飾ろうね」


操は涼の絵が納まっている箱とリボンを持つと珠子を促して部屋の奥へ移動した。

そして白木製の額を、操は常に目について、かつ紫外線が当たりにくいテレビの上の壁に飾った。


「ここなら色が褪せないと思うわ」


「うん」


「それにしても素敵な絵ね。写真みたいにリアルなのに、温かみがあるのよね。姫はどう思う?」


「うん。リョウ君て凄いね。ねえミサオ、私も何かプレゼントしたい」


「そうね。でも難しいわよ」


「そうだよね」


「留学先で使えそうなもの?」


二人とも、良いものが頭に浮かばない。


「とりあえず駅の方に行ってみる?」




駅に直結している複合ビルに入ると冷房が効いて心地良かった。


「姫、お茶しようか。外が暑かったから喉が渇いちゃった」


「うん」


喫茶店で、操はアイスティー珠子はクリームソーダで喉を潤し、この後彼のために何を選ぶか作戦会議を開いた。テーブルにこのビルのフロアマップを広げて


「さ、まず大まかな種類、カテゴリーを考えましょう」


操が言った。


「ミサオ、前にリョウ君のアトリエに行ったとき、エプロンしていたの覚えてる?」


「確かに。絵の具がたくさん付いたエプロンをしてた」


「それがいいかなって思うの。かさばらないし、もし名前を入れられれば素敵じゃない」


「おお、さすが姫!確かに名入れできたらいいね」


二人はフロアマップを見て同時に同じところを指差した。




夕方、涼の部屋の電気がついていたので、操はインターホンを押した。


「神波です」


「はい」


扉が開いた。涼の部屋は家具などが無くがらんとしていた。お互いに夜の挨拶をすると


「どうぞ、あがってください」


涼が招いたが、


「ここで大丈夫よ」


操が言った。操の後に完全に隠れていた珠子がちらっと顔を出す。


「タマコちゃん、こんばんは」


涼が腰を屈めて挨拶をした。


「リョウ君こんばんは。朝はありがとうございました。あの……これ使ってください」


珠子がラッピングされた包みを涼に差し出した。


「僕に?」


「はい」


ピンク色のリボンにメッセージが書かれたタグのようなものがぶら下がっている。涼がそれを掌に乗せて、じっと見ている。


「これタマコちゃんが書いたの?」


「はい」


「神波さん、タマコちゃんをハグしてもいいですか」


操は笑顔で頷いた。

涼が両手を広げて珠子を見た。珠子は頬を紅くしながら涼に近づいた。


「タマコちゃん、メッセージ受け取ったよ」


涼は珠子をそっと抱きしめて呟いた。

そして、包みを開くと、フロント部分に銀糸のイタリック体でRyouと小さく刺繍されているデニムのエプロンが入っていた。それを見た涼は嬉しそうに言った。


「ありがとうございます。向こうで使わせてもらいます」


「それじゃ、お邪魔しました」


二人は涼の部屋を後にした。

自分たちのところに戻ると、操が聞いた。


「姫、リョウ君が受け取ったメッセージって何?」


珠子はハグしてもらったことを思い出したのか、頬を紅くして言った。


「ひみつです」

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