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神波家のゴールデンウィーク

ゴールデンウィークに入り、柏と柊の部屋に孝が遊びに来た。


「カシワ、ノッシーを外で歩かせていい?」


「いいけど、目を離しちゃダメだぞ。あと、変なものを食べないように気をつけろな」


「わかった。タマコを付き合わせようかな」


ちょっとだけ頬を紅くして孝が言った。


「残念だけど、今日は付き合ってくれないと思うよ。タマコの父さんが帰ってきてるから。あいつファザコンなんだよな」


「ファザコン?あいつ父さんがいるんだっけ」


「ああ。いるよ」


柊がケージからノッシーを出しながら言った。


「タマコの父親は俺たちの兄貴でさ、普段は単身赴任でいないけど連休でこっちに戻ってきてる。あいつは今、兄貴にべったりだよ」


「なーんだ」


「残念だったな。デートできなくて」


柊が孝にノッシーを渡しながら笑った。


「別に。タマコなんかいなくたっていいよ」


ノッシーを胸元に抱きながら孝が口を尖らせた。


「代わりに俺が付き合うよ」


柏が言うと、


「良かったな。カシワパパが一緒にいてくれる」


柊は柏と孝を交互に見て笑った。


「タカシ行くぞ」


柏は複雑な顔をして、南側の窓から芝生の庭に出た。タカシとノッシーも後に続いた。




二階の201号室では、柊の言うように、珠子が久しぶりに帰ってきた父親の源にべったりくっ付いていた。


「珠子、重くなったな」


抱っこを要求されて珠子を抱き上げると正直な感想を源は言った。


「パパ、私、大きくなったの。体重が増えただけじゃないの。女の子に重いって言葉は禁句だよ」


珠子は甘ったれた声ながら、女の子としての主張をした。


「参ったなあ」


源が苦笑いする。


「珠子はね、本当に凄いのよ。私自身も産院の先生もまだわかっていないことを、この子は感じ取っていたの。妊娠したこと、それが男の子だということ、それと私の不安な気持ちをこの小さな体で全部わかってた。それだけじゃなくて、私を押し潰そうとする不安を取り除いてくれたの」


鴻が珠子の柔らかな髪を撫でながら言った。


「コウ、何かあったのか」


珠子を降ろした源が鴻の隣に座った。


「珠子、冷蔵庫にパイナップルゼリーがあるから持っておいで」


鴻が珠子をキッチンに向かわせると、源の耳元で囁いた。


「私ねお腹の子が、珠子と同じ能力を持っていたらどうしようって怯えててた」


「うん。それは電話でも言ってたよな。傍にいてあげられない俺はコウの話を聞くことしかできなくて。それで」


源も小声で話した。


「私、ゲンちゃんの声を聞くと気持ちが落ち着いたの。でもずっとそうしているわけにはいかないでしょう。そして寝込んでしまったときに、あの子が言ったの」


「何て」


「珠子は『ママのお腹にいる子は私みたいな変な力を持ってないから。普通の男の子だよ。だから安心して』って」


「そんなことを」


「そう、あの子、自分を否定するような言い方で私を安心させたの」


「切ないな」


「自分の可愛い小さな娘にあんなことを言わせてしまう私は最低だなって思う」


鴻は源の胸に顔をうずめて泣き声になった。


「ママ、そんなこと思わないで」


パインゼリーを持った珠子が言った。


「ママはなんにも悪くないし、私も悲しい気持ちになってないよ。だって私、お姉ちゃんになるんだよ」


ゼリーをつるっと食べながら珠子は両親を見て微笑んだ。


「そうだ、珠子がお姉ちゃんになるためにも、コウ、体を大事にしてくれ」


源は大きな手を鴻のお腹に優しく当てた。




時を同じくして、操は茜と藍の部屋に来ていた。商店街のカフェのフルーツサンドを持参して。


「お母さん、ありがとう。これ『ぶるうすたあ』のでしょう。うれしいわ」


藍が笑顔で言った。


「お母さん、寂しいのよね。源兄さんにタマコちゃんを取られちゃって」


茜が操の肩を揉みながら言った。


「仰る通り。ああ、右の肩甲骨の内側、うん、そこをもうちょっと力入れて押して」


「残念だけど、私たちもう少ししたら出かけるよ。あまりお母さんの相手はできないわ」


「そっかー。ところで、カナさんのお店に、どんな手を加えたの。ぱっと見は初めて行ったときと変わらないのに何か垢抜けてたのよね。種明かししてよ。カナさん藍から口止めされているからって何も言わないの」


操は好奇心旺盛な目で娘たちを見た。


「本当にたいした事してないの」


藍が言った。


「どの辺りの客層をメインターゲットにするかって話をしたの。年配者向けだったら店内でゆっくりしたいでしょ。あそこは狭いから何人も座れない。この辺は住宅地で会社も少ないし、強いて言うなら大学や高校が近くにあるから、そこに重点を置くのはどうかなって提案したの」


「へえ」


「テイクアウトを充実させるのと価格を少し低めに設定して、粗利は減るけど一人でやるのなら可能かなって」


「ああ、そう言えばレジの場所が変わってた」


「そう。ファストフード店と同じように注文と会計を同時にするスタイルね」


「でも垢抜けた感じがしたのはレジの移動とは関係ないよね」


「ああ、店内の灯りの明るさと色味を変えたの。そこが一番お金がかかったのかも。シーリングライトを取り替えたから。あとは植物を少し増やしたわね。って言っても百円ショップのエアープランツを籠に入れたものを適当に置いただけ」


「そうなの」


「そうよ。それだけ。ただ、もう一カ所、例の前の店の看板ね、あれは柊くんに泣きついた」


「ヒイラギに」


「そう。あれは私たちにはどうしようもできないわ。だからプロに相談したの。どうやったのか知らないけど、目立たなくなったよね」


「確かに、周りの壁とぱっと見、同じに見えた」


「最後に扉にぶら下げたプレートね。あれは茜が新しく作ったんだよね」


藍が茜を見た。


「うん。私工作好きだから、これも百円ショップで材料を揃えてパパッと作った」


「凄くいい店になってたわ。全くもって。あなたたちに結構大変な頼みごとをしてしまったのね私。どうもありがとうね」


操は感謝の言葉を述べて頭を下げた。


「やだぁ、お母さんが礼を言うなんて、ちょっと不気味。私たちはさ、私たちのお得意様の関係者の手伝いをしただけよ」


藍が笑った。茜も頷きながら言う。


「頑張ったのは柊くんだね。兄さんは江口さんと何の関係もないのにボランティアで作業してくれてたもの。ああ、でもカナさんに子ども食堂への協力を頼んでいたね。つまり、持ちつ持たれつなのよ」


「私は立派な子どもたちを持ったのね」


操は感慨深げに言った。

そんなことを言う母を見て双子の姉妹は声を揃えて言った。


「やだ、お母さんがそんなことを言うと、雨が降るわよ」

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