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浅利三昧

「姫、家に着いたよ。起きて」


操が珠子のシートベルトを外した。


「う、うん」


よほど疲れたのか、珠子はゆっくり目を開けた。


車の外では柏と孝が荷物を降ろし、柏と操それぞれの部屋に運んでいた。最後に日中に採ったアサリが入ったクーラーボックスを操の玄関にどーんと置いた。


「重かったぁ」


柏が腰を捻りながら声を上げた。


「たくさん採ったね」


孝が笑顔で柏の腰をとんとん叩いた。そこへ、寝ぼけ(まなこ)の珠子の手を引いて操が入ってきた。


「そこにいると邪魔。奥に入んなさいよ」


孝は靴を脱いであがった。柏は、車を駐車場に戻してくると言って出ていった。


「タカシ君、クーラーボックスを台所に運ぶの手伝って」


「はい」


操と孝は左右の取っ手を片方ずつ持ってキッチンへ運んだ。

ボックスを開けると大きなビニール袋の中に大量のアサリが入っている。それは一緒に入れた海水に浸ってキュウと微かに音をたてて水を吐いていた。


「本当にいっぱい採れたね」


孝が興味深そうにアサリの小さな動きを見つめた。


「ある程度砂を吐かせたら、みんなに分けるから、タカシ君もおかあさんに持っていって」


「はい」


「そうだ、タカシ君シャワー浴びておいで。潮風で体がベタベタしてるでしょ」


操が孝の頬を触って言った。


「大丈夫。家に帰ってからお風呂に入る」


孝がもじもじしていると、


「タカシ、俺のところで風呂に入りな」


柏が戻ってきた。


「ヒイラギがお湯張りしてくれてるから、一緒に入っちゃおうぜ」


「うん。わかった」


「母さん、後でアサリをもらいにくるから…あ、俺のは調理済みのを食べさせてもらえばいいや。タカシに持たせる分だけ頼むわ」


柏は孝を連れていった。


「あいつ、この量のアサリを私に全部処理させるつもり!」


操はぶつぶつ文句を言いながら大きなボウルやバットを用意した。


「ミサオ、私も手伝うよ」


珠子がキッチンに入ってきた。


「姫、眠気は収まったの?」


「うん。もう眠くないし元気だよ。何をすればいいの」


珠子が腕まくりをした。


「ありがとう。それじゃあ一緒に海の水を作ろうかな」


操が塩のケースを出した。


「海のお水ってお家で作れるの?」


珠子は昼間目の前に広がったきらきらした海を思い出した。


「海の水と同じしょっぱい水を作るのよ」


「海の水はしょっぱいの?」


「そう。今日は砂を掘るのに一生懸命で殆ど波打ち際に行かなかったものね。もっと暖かくなったら海の水を触りに行こうね」


「海!早く暖かくならないかな」

「さ、塩水を作るわよ」


操はボウルに水を一リットル入れると塩を大さじ二杯を入れた。それをよく混ぜて、


「姫、この水を舐めてみて」


珠子は指をボウルの水にちょんとつけた。それを舐めると


「う、しょっぱい」


顔をしかめた。


「でしょう。これが海のしょっぱさよ。これにアサリを入れると、アサリが海にいるつもりになってリラックスして呼吸をするの。その時、体の中にこの塩水を吸い込んでピューって吐き出すのよ。ついでに砂も出てくるの」


「なんか、面白い」


珠子は目をきらきらさせた。


「さ、塩水はこれでいいわね。私はクーラーボックスのアサリを流しで擦り洗いするから、姫は洗ったやつを塩水の中に入れて」


「うん、わかった」


キッチンのテーブルに大きなボウルが三つとバットが二つ、ザル越しに塩水に浸かったアサリが、新聞紙で覆われた暗い中で砂を吐き出している。


「姫、今のうちにお風呂入っちゃおうか」


「うん」




風呂からあがって操が珠子の髪をドライヤーで乾かしていると、柏と孝も風呂あがりのシャンプーの匂いをさせてやってきた。


「おお、アサリが水を飛ばしてるぜ。タカシ見てみな」


柏がバットを覆っている新聞紙をめくった。


「凄いね。水鉄砲みたい」


孝は興奮気味に言った。


「はいはい、そろそろ新聞紙戻して。明るいとアサリがびっくりして砂を吐かなくなるわ」


操が言う。


「酒蒸しはいつ頃食べられるの」


柏が聞くと、操がさめた声で答えた。


「砂出しに半日かかるのよ」


「まじかー。今夜は食べられないのぉ」


柏は分かりやすく落ち込んだ声を上げた。


「ジャリジャリは嫌でしょ」


「それはいただけない」


操は時計を見ながら夜十時ぐらいになれば調理を始められるかなと考えた。


「遅い時刻で良ければ酒蒸し作ってあげる」


「本当?じゃあタカシ今夜泊まってくか。自分たちが採ったアサリ一緒に食おうぜ」


「うん。アサリ食べたいし、カシワのところに泊まりたい。おかあさんに聞いてみる」


孝が柏を見上げた。


「じゃあ電話するか」


柏が電話をかけた。


「もしもし、月美、俺。今夜さタカシをこっちに泊めてもいいかな。うん、うん、大丈夫。明日そっちに送り届けるから。うん、じゃあお休み」


電話を切った柏を操が子どもたちから見えないところに引っ張っていった。


「ちょっと、あんたと月美さんてイイ感じなわけ?」


好奇心が溢れ出ている操の問いに柏はニヤけないように顔の筋肉を締めて言った。


「別に。普通だよ」


「ああ、普通にイイ感じなのね」


「母さんは片寄った方向に考えすぎなんだよ。ま、普通にイイ感じだけどな。ところで、なんかデリバリー頼まない。腹減った」


「そうだね『うまどん』で頼むか」


注文した後、操は茜たちと鴻に砂抜き途中のアサリを持っていっていいか確認して、柏に持っていかせた。

デリバリーが届くと、柊を呼んで五人で早めの夕食をとった。


「タカシ君と姫は眠かったら寝ていていいわよ。アサリの料理ができたら起こすから」


「タカシ、おまえ今日は疲れただろう。帰りの車でも寝てないからソファーで横になれ」


柏が孝を寝かしつけて、操が毛布をかけた。潮風と日射しで草臥れたのだろう、孝は横になった途端深い眠りについた。

その向かい側のソファーで珠子が凝視する。


「タマコ、どうした」


柏が聞くと珠子は言った。


「タカシの寝顔って可愛いね」


「おやおや」


「カシワ君、なあに?」


「おまえたち同じこと言うなと思ってさ」


「?」


何のことかなといった表情をしている珠子の顔が紅くなっていた。




夜も更けて、操は砂抜きしたアサリを塩水からあげて今度は塩を抜くためにそのまま流しに置いておいた。しばらく放置したら良く洗い日本酒で酒蒸しした。それと、長ネギとともにバター炒め、アサリの味噌汁、以上が今夜のメニューだ。


「おお、いい匂いだな」


柊がキッチンへ入ってきた。


「熱燗もつけてもらっていい?」


「何甘えた声を出してるのよ。そこに一升瓶があるから勝手にやって」


操はアサリバターと酒蒸しを皿に移すと、ソファーのローテーブルに運んだ。


「上手そう。タカシ起きろ。アサリ食おうぜ」


柏が孝に声をかけた。孝がゆっくり起きあがる。


「いい匂いだね」


テーブルの皿に顔を寄せた。


「カシワ、熱燗あるぞ」


柊が徳利と猪口をお盆に乗せて持ってきた。


「いいね」


兄弟は床に胡座をかいて早速内臓を温め始めた。


「酒蒸しと日本酒は合うね。しかもこのアサリ身がぷりぷりだ」


柊が舌鼓を打った。


「だろう、タカシとタマコが頑張ったんだもんな」


アサリバターをしゃぶっている孝の頭を柏がくちゃっと撫でた。


「カシワ、酔っぱらってるな」


少し困ったような顔で孝が軽く睨む。その様子を優しく見ている柊に孝が言った。


「ヒイラギ、今日一番凄かったのはタマコだ」


「タマコがどうした?」


「タマコはおれを守ってくれた。おかげで怪我をしないですんだんだ」


柊は珠子に聞いた。


「何をしたんだ」


珠子もアサリバターをしゃぶりながら言った。


「何もしてないよ。危ないから触らないでって言っただけ」


その時の事情を知らない柊は、


「ま、仲が良くてなによりだ」


と言って猪口を口に傾けた。


「味噌汁飲む?」


操が聞いた。


「母さんも座れよ」


柊が立ち上がり


「味噌汁飲む人手をあげて」


確認するとキッチンへ向かった。少しして柊がお盆を手に戻ってきた。


「ちょっと時間がかかってたけど何してたの」


酒蒸しをつまみながら操が聞くと、柊は味噌汁椀をみんなの前に置きながら言った。


「燗のおかわりの用意をしてました。カシワと俺はアサリなしの味噌汁ね。お酒には汁物が欲しくなる」


機嫌のいい柊を見ながら操が言う。


「ちょっと大丈夫?大分アルコールが回ってるよね。ま、家飲みだからいいか。明日の朝はアサリの炊き込みご飯とクラムチャウダーよ」


「本当、アサリ三昧らね」


柏が怪しげな呂律で言った。

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