珠子2歳のバースデー
九月十六日珠子は誕生日を迎えた。大きなバースデーケーキにキャンディのようなろうそくが2本立っている。
「タマコおめでとう」
「タマコ、ハッピーバースデーね」
「姫おめでとう」
ハイツ一ツ谷201号室には珠子の両親をはじめ、操、柏、柊、茜、藍の七人、家族全員が集まった。
「みなさん、ありがとう。いそがしいのにすみません」
珠子が皆を見ながら言った。
「ちょっと、今の話し方びっくりなんだけど」
藍が思わず声を上げた。
「タマコ、おまえ本当に2歳か?」
柊の声が少しうわずった。
「姫はね言葉をよく知っているし、おしゃべりも上手なの」
操が得意気に言った。
皆の話しを少し離れたところから悲しそうに辛そうな顔で鴻は見つめていた。
源がそんな彼女を軽く抱き寄せて
「大丈夫だよ」
そう言って皆の方へ
「俺特製の餃子焼けたぞ」
大皿を持って行った。
日中なので部屋の灯りを消してもあまり明るさに変わりはなかったが、ケーキのろうそくは暖かい色の炎を揺らめかした。
「タマコ、ハッピーバースデーを歌い終わったら、ろうそくの火にフーってするんだぞ」
源の言葉に珠子が頷くと皆が歌い、そして勢いよく火を吹き消した。
「タマコ肺活量あるな」
柊が驚いて大きな声をあげた。
賑やかに食卓が盛り上がっている中、操が台所の鴻の傍へ行った。
「コウちゃん、お疲れね」
操の声に鴻はぽろりと涙をこぼした。
「お義母さん、私限界かもしれません。あの子が怖くて怖くて。お義母さんが一緒にいてくれる時は大丈夫なのに、夜あの子と二人きりになると、私、私、首を絞めようとしてしまいました。最低です私。もう母親の資格無いんです」
「コウちゃん、落ち着こうか。その事を源は知ってるの?」
操は鴻の背中をさすりながら聞いた。
「昨夜帰ってきた時話しました」
「あの子は何て」
「そうかって」
「そう」
誕生日会が終わって、皆それぞれの部屋へ帰っていった。
今日の主役の珠子は、さすがにくたびれてソファーで微かな寝息をたてている。
「源、コウちゃんの話しは聞いたわね」
操たちはダイニングテーブルを囲んで小さな声で話しをした。
「で、提案なんだけど、姫もある程度普通の食事で大丈夫そうだから、あなた達が嫌でなければ私の所で預かるのはどうかしら。今日みたいに源も一緒の時は、ここで過ごせば良いのかなって」
「ああ、その方が安心だな。でも鴻、珠子の目が怖いって言うのが俺には分からないんだが。もちろん俺はあの子と一緒にいる事が少ないからなんだろうけど」
源はテーブルの上の鴻の手を覆うようにそっと握った。
「あの子は本当に良い子よ。素直で優しいの。私が辛そうにしていると、傍に来て心配してくれる。私の顔を覗くように様子を見てくれるの。でも、その目が怖いんです。黒くて大きな目にいろいろな物が吸い込まれそうで…」
「乳幼児検診は問題なかったでしょう」
「全く。素晴らしい健康体だって太鼓判を押されました。つまり私が問題なんです」
「違うわコウちゃん。私五人の子どもを育ててきたけど、確かに姫はちょっと違う。なんか達観してるのよね。しかも2歳であの会話スキルはびっくり。多分テレビを見ている時に言い回しを覚えたんでしょうね。そしてあの眼差しも感受性の高い人ならかなりドキッとすると思うわ」
操は優しく鴻に向かって言った。そして今度は源に顔を向けた。
「って事で明日から姫は私が預かるわね」
あれから二年経った今も、珠子と操は101号室で一緒に暮らしている。