孝の気持ち
永井葵の家から戻ると、珠子と孝は操の部屋のソファーに並んで座った。
操は日中に届いた箱を開け、小ぶりで艶やかなみかんを籠に盛り、二人の前に置くとキッチンへ引っ込んだ。
「タカシ、みかん美味しそうだよ。食べよう」
珠子が籠からみかんを二つ取ると一つを孝に渡した。
「ありがとう」
受け取った孝は皮を剥き、中の実を半分に割って口に入れた。
「タカシ凄い!みかんを二口で食べられるんだね」
珠子がモグモグと頬張る孝を見つめた。
「このみかん、小さくて房の皮がとっても薄いから、こうやって食べるとみかんジュースを飲んでるみたいに味わえるんだ。このサイズのって味が濃くて美味しい」
その話を聞いて珠子が真似をしようとすると
「おまえは口が小さいから四つに分けな」
孝が言いながら珠子の皮を剥いたみかんを取り、四つに割って彼女の小さな手に乗せた。
「ありがとう」
珠子は三房ほどの塊を口に入れ頬張った。
「うん。みかんジュースだ!」
珠子の笑顔を見た孝はつられて笑った。
可愛い。思わず抱きしめたくなる。今までは、それで満足だった。ただ、最近はその先を求めたくなっていることに、戸惑う孝なのだ。
みかんで喉が潤った孝は珠子に自分の気持ちを話し始めた。
「最近、おれの態度が素っ気ないなって思ってるだろう」
「うん。嫌いになったのかなってショックだった」
「違うんだ。おれは、タマコが大好きだ。大好きだからおまえに触りたいし抱きしめたいしキスがしたい」
「今までだって孝は手を繋いでくれたし、ハグをしてくれたし、ほっぺにチューをしてくれたじゃない」
「そうだな。でも、もっと強く抱きしめたいし、唇にキスしたい。そして……」
「そして、なあに?」
「いや。あのさ、おれは最近身長がぐっと伸びて声も半年前と比べたら大分低くなっただろう」
「うん」
「体が子どもから大人に変わってきたんだ」
「そうだね。ミサオより背が高くなったよね」
羨ましいなあと珠子が顔を上げて孝を見る。
「男の子から男になってきたってことだ。だけど、おれの気持ちはまだ子どもで、いろんなことの加減のコントロールが出来ない」
「うん」
「そうするとね、大好きな女の子が傍にいると」
「うん」
「力いっぱい抱きしめたくなる。壊れてしまうくらい」
「…うん」
「だから、怖いんだ。タマコが好きで好きで抱きしめて夢中になって加減がわからなくなって、おまえに怪我でも負わせたら大変だからな」
「……」
「だから、おまえに触れないように我慢する。そのために、おまえを避けるような態度を見せるかも知れない。でもそれは、タマコが大好きだからなんだ。それだけはわかっておいて欲しいんだ」
孝は恥ずかしさを堪えて珠子に本心を打ち明けた。
「最近のタカシの態度は、私のことが嫌いだからじゃないのね」
「当たり前だ。おれはタマコが大好きだ」
「じゃあ、これからも朝の見送りはしていいの?」
「もちろん!お願いします」
と孝はちょこっとお辞儀をした。
「それから、私はタカシに抱きついてもいい?」
「う、うん」
「よかった」
珠子が可愛らしい笑顔を見せる。
孝は抱きしめたい衝動をぐっと堪えて目を伏せた。




