珠子の手
操と孝は、肩を並べて珠子を迎えに永井葵の家へと歩いていた。
「タカシ君、本当に背が伸びたわね」
操が少し顔を上げて孝を見た。
「おばあちゃん、おれ最近変なんだ。だからお父さんに話を聞いてもらったんだ。そうしたら、お父さんはそんなこと普通だって言うんだよ」
「姫のことが好きすぎて、気持ちと体の反応のバランスが取れないってことかしら」
操は話づらいであろう孝の気持ちを感じ取った。
「そうなんだ」
孝は耳を紅くして頷いた。
「タマコともう少し歳が近ければ正直な気持ちを打ち明けられるのに、あいつは幼すぎて、おれの気持ちをどう伝えたらいいかわからないんだ」
「確かに、姫は同世代の子どもよりは大人っぽい考えをするけど、経験が少ない分まだ理解出来ないこともたくさんあるわね。それにね」
と言って、操は孝を見ながら少し考えた。
孝は静かに操の話の続きを待った。
「それにね、姫は相手が思ってることを感じ取れるでしょう。でもね、あなたは姫にとって特別らしくてね」
「特別?」
「そうなの。だから姫に対するタカシ君の気持ちは感じ取れないみたい。それ以外のあなたの体調や他人への気持ちとかは感じ取れるのにね。ねえタカシ君、姫の特別っていうのはねあなたのことが大好きってことなの。そのためにあなたの本心がわからない。だからとっても不安なの。恥ずかしいだろうけどタカシ君の気持ちをストレートに姫に伝えてあげてください」
お願いします、と操が頼んだ。
今度は孝がしばらく考え込んだ。
自分の正直な思いを珠子に話したら引かれるかも知れないし軽蔑されるかも知れない。それでも自分の気持ちを珠子に聞いて欲しかった。
「おばあちゃん、おれ、タマコに自分の思いを正直に話すよ」
「ありがとう」
二人が葵の家の前に着いて、
「おれは、ここで待ってる」
孝は門の外で立ち止まった。
そして操が葵の玄関前に立つと、インターホンに向かって声をかけた。
「こんにちは。神波です」
ダダダっと弾む足音がして扉が開くと珠子が靴を履いて操に抱きついた。
その後から葵とレイラが笑顔をこちらに向けた。
「この子がお世話になりました」
操がお礼を言うと、それを制してレイラが話した。
「こちらこそ、いつもひとりで静かにしている葵の楽しそうに笑う声が聞こえて私嬉しくなっちゃいました。それからみかん、とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「珠子ちゃん、また遊びに来てね」
葵が手を振り
「うん。またおじゃまします。ウチにも来てね」
珠子も手を振り返し、操と手を繋いで葵の家を後にした。
「お外、暗いね」
「そうね。とっても日が短くなったわね」
珠子と操が話ながら葵の家の門を出ると、暗がりに立つ人の姿を見て
「タカシ!」
珠子が驚いて声を上げた。
操が繋いでいた手を離し、珠子の背中を軽く押した。孝が手をこちらに伸ばして珠子の手を握った。
「迎えに来てくれたの?」
「うん」
孝が返事をする。そして、
「タマコ、痩せたな」
握った珠子の手を少し持ち上げた。
「ふっくら柔らかかったのに、今のおまえの手はちょっと薄べったく感じる」
「そっか。このところ、あまりごはんが食べられなかったからかな」
俯きながら珠子が言った。
「おれのせいだな」
「タカシのせいじゃないよ」
「タマコ、帰ったら聞いて欲しい話があるんだ」
「なあに?」
「歩きながらじゃなくて、きちんとタマコに向き合って話がしたいんだ」
「わかった」
それからは手をしっかり握ったまま、珠子と孝は黙って歩く。
その後から操が二人を見守った。




