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珠子と操ののんびりな一日

今日もいい天気だ。気温も昨日よりかなり暖かく、珠子が座っているソファーには溢れるほどに太陽の光が降り注いでいる。


「姫、風がないから窓を開けるわね」


操が南側の窓をざーっと開けた。微かに庭の芝生の青い匂いが入ってきた。


「ミサオ、今年もお鼻平気なの?」


「うん。私は花粉症にはなってないね。カシワはすでに鼻から滝が流れているみたいよ」


操が今朝見かけた柏の顔を思い出して笑った。

二月も後半になると花粉アレルギーの人は大変なのだろう。鼻のかみすぎで柏の鼻の下は見事なくらい赤くなっていたのだ。


「後で買い物に行ってカシワ君に柔らかいティッシュをプレゼントしよう」


珠子が提案した。


「そうね。ところで姫、借りた絵本面白い?」


先ほどから珠子は絵本を広げていたのだ。


「うん。色もきれいで、ほら見て。このカメねノッシーに似てるの」


珠子は、リクガメが池のカメやウミガメを訪ねて冒険するはなしの絵本を操に見せながら読んであげた。


「姫は上手に読むわね」


操が感心していると、うふふと笑いながら


「でもね、一番気に入った本はこれなの」


珠子の隣に置いてあった絵本を見せた。

哺乳瓶やスタイやぬいぐるみと花がちりばめられた真ん中に『はなこはおねえちゃん』というタイトルが配置された表紙をめくると、可愛い女の子が描かれていた。


「これ、姫じゃないの!」


操は声をあげて驚いた。その女の子が珠子にそっくりだったのだ。


「それとね、このおはなしはね、弟が生まれて女の子がお姉ちゃんになるの。もう少しすると私もおんなじね」


珠子の最後の言葉に操が絶句する。


「姫もおんなじ?えっ」


操は珠子をまばたきもせず、じっと見つめた。


「そうなの?」


「うん。でもまだ誰にも言っちゃダメだよ。パパもママも知らないから」


「わかった」


操は頷いた。珠子は正月に源と鴻と久しぶりに一緒に過ごしたとき何か感じたのだろう。

それにしても彼女の能力は自分とは比べものにならないもので操は末恐ろしさを感じた。




夕方、操と珠子は商店街に買い物に行った。一時期、二人はほとんど外出できなかったが今はのんびり出かけることができるようになった。特に商店街の人々と様々な情報交換をするのは操と珠子の楽しみの一つで、ちょうど今も商店街の入り口に店を構える吉田精肉店の吉田正子(まさこ)と話をしていた。


「ねえ、あなたたち怖い目に遭ったんだって」


正子が声を潜めて聞いた。


「大したことじゃないのよ。ちょっと神経質になってね、あまり外に出なかっただけなの」


操が笑顔で言った。


「もう、大丈夫なの?」


正子は真面目な顔で聞いた。


「はい。大丈夫です。あの、じゃがバターコロッケ揚げたてですか」


惣菜用の保温ケースに貼られた『揚げたてです!』のPOPを見て珠子が聞いた。

操と正子の話が長くなりそうだったので切り上げたかったのだ。


「そうそう、揚げたてよ。美味しいわよ」


正子は少しだけ営業スマイルになった。


「ミサオ、このコロッケ食べながら歩く」


「わかった。マサコちゃん、姫にじゃがバターコロッケ一つと、牛切り落とし三百と豚ロース薄切り二百、お肉は帰りにもらうから包んでおいて」


「はいよ。タマコちゃん熱いから気を付けて食べてね」


正子は小さな紙袋に入れたコロッケを珠子に渡した。


「ありがとうございます」


珠子は早速コロッケを一口噛んで、はふはふしながら食べた。


「マサコちゃんまた後で」


操と珠子は隣の青木青果店に行くと、デコポンと半切の白菜を買って、向かい側のドラッグストアに入った。


「操さん、お久しぶりですね」


薬剤師の香川(かおり)が声をかけてきた。彼女はこの店の娘で柊と小中学校の同級生だ。


「ちょっとの間引き籠もってた。香ちゃん、青木さんの所で買ったの預かってもらっていい?」


「どうぞ。ここに置いてください」


香からオーケーをもらって、操は白菜の入ったエコバッグをレジカウンターに置いた。


「ミサオ、見て。きれいね」


珠子は、化粧品コーナーに陳列された化粧水やクレンジングオイルを見つめていた。

店内のライトに照らされて、色の着いた液体がキラキラしているのだ。


「本当、綺麗だね。でも姫にはまだ必要ないわね。あなたの肌はそのままでしっとりピチピチだもの」


操は珠子の頬をちょんと触れた。


「うん。わかってる」


「そうだ、シャンプーがもうすぐなくなりそうだから、姫が選んで」


「シャンプーもキラキラしてるのがあるね。これ南の海の色」


珠子は鮮やかな青い透き通ったシャンプーを指差した。


「それ、トニックシャンプーだけど。洗うときスースーするわよ」


「うん。これにする。あとカシワ君の柔らかいティッシュ」


三箱セットのティッシュとトニックシャンプーを買って袋に入れてもらった。


「私、これ持つよ」


珠子が袋を手にすると


「重くない?」


「大丈夫」


袋の持ち手に細い腕を通して肩に引っかけた。


「持つの辛くなったら言ってね。香ちゃんまたね」


「ありがとうございました」


操は預けていたエコバッグを受け取ると薬局を出た。

吉田精肉店に戻って取り置いてもらっていた肉を受け取り家路を急いだ。


「のんびり買い物してたら、薄暗くなっちゃったね。姫、肩にかけた袋、重くない?」


「ぜんぜん平気」


逞しくなったわねと思いながら、操は珠子と手を繋いで消えそうな夕焼けを見つめた。


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