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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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操と美子のバスツアー(2)

「珠子ちゃん、元気ないね。お腹が痛いの?」


珠子が口数少なく笑顔が見えない時は、大体が食べ過ぎでお腹が痛いことがよくあるので、仲良しの永井葵はこのように聞いたのだった。


「お腹痛くないよ」


いつものようにブロックでいろいろなものを作りながら遊んでいたのだが、珠子はため息ばかりを吐いていて、ようやくぼそっと返事をした。


「やっぱり元気がない」


葵が心配する。


「多分、ミサオの顔を見てないからだよ」


と言い訳をして、元気だよと珠子は無理やり笑顔を見せた。

実際今日はまだ操の顔を見ていないので寂しいのだが、その事よりも珠子は自分に対する最近の孝の態度に距離感を感じるのだ。それがとても悲しかった。

給食の時間も、珠子はスプーンを口に運ぶのがいつもより遅く、この日のメニューは好物のチキンとチーズのグラタンだったがおかわりをしなかった。




時を同じくして、バスツアーに参加した操たちも昼食会場で海鮮三昧の食事を堪能していた。


「操さんは何を選んだの?」


美子が食材を乗せた操のトレイを覗いた。


「私、貝類があんまり得意じゃないからホンビノス貝だけ。あとはエビとブリカマとイカ。美子さんは?」


「私はね、貝三昧!」


美子のトレイには山盛りの貝類が乗っていた。


「貝って体積のほとんどが殻じゃない。だからたっぷり盛っちゃった」


二人は焼き網の乗ったコンロに向かい合って座り、早速焼き始めた。


「焼いている間に、海鮮丼を作りに行きましょうよ」


「そうね。ダッシュで好きなものをご飯に乗せましょう」


二人はすぐに立ち上がり、刺身コーナーへ向かった。そして海鮮山盛り丼を持ってテーブルに戻ると、慌てて焼き網の上のものを裏返した。


「あっ、ホンビノスの汁がこぼれちゃった」


操が残念そうに言った。サザエを焼いていた美子は熱々をトングで皿に移し殻からくるりと中身を取り出して


「熱っ」


と言いながらかぶりついた。


「このサーモン、姫に食べさせたかった」


操が好きなものだけを乗せた海鮮丼に舌鼓を打った。

ワイワイガヤガヤの食事が終わり、ツアー客がバスに乗り込み次の目的地へとバスは走り出した。

すると、操はまた、何か言いようの無いモヤモヤを感じたのだった。

そんな時、


「あーお腹が苦しい」


美子が胃の辺りを擦っているのを見て、珠子の姿を見ているみたいだと操は笑った。


「美子さん、次はみかん狩りだけど食べられる?」


「大丈夫。果物は別腹だし、これから胃薬飲むから」


美子はバッグから薬を出してペットボトルのお茶でごくんと飲むと、これで準備万端と頷いた。

そしてバスは山道を進み、みかん畑に到着した。

手のひらが黄色くなるまで食べちゃうわよと、美子が張り切る。

ツアー客は一斉にオレンジ色に熟した実をつけた木々に群がった。

操と美子も温州みかんをたっぷり堪能した。

その後、二人は持ち帰り用の袋詰めと、配送してもらう箱入りのみかんを購入し、バスに戻った。

バスに乗り込む瞬間、操はまた嫌な雰囲気を感じた。このままこのバスに乗っていいのだろうか、そう思いながら彼女は座席に着いてシートベルトを締めた。




「珠子ちゃん」


月美が手を振りながら珠子に近づいた。操に代わってお迎えに来たのだ。


「月美さーん」


珠子も靴箱の傍で手を振った。


「神波さん、ご苦労さまです」


「中山先生、こんにちは。珠子ちゃんを連れて帰ります。ごめんください」


月美は担任の中山ヒロミと挨拶を交わし、珠子の手を握ると幼稚園を後にした。


「月美さん、迎えに来てくれてありがとう」


珠子のお礼に、月美が首を横に振りながら言った。


「何を言ってるの。珠子ちゃんは私の娘みたいなものよ。ありがとうなんて他人行儀なこと言わないで。それに、やがては私が本当に珠子ちゃんのお義母さんになるかも知れないでしょ、あなたが孝のお嫁さんになって」


それを聞いた珠子は小さなため息を吐いた。

そんな彼女を見て、月美がどうしたの?と聞いた。


「あのね、タカシの態度がよそよそしいの」


珠子は寂しそうに言った。


「おそらくだけど、珠子ちゃんが最近とても可愛らしくて女らしくなったから、孝はドキドキしたのだと思うわ。それを隠そうとして、そんな態度を取ったんじゃない」


月美の話に、そうなのかなと珠子は少し前向きに考えることにした。




その頃、操たちはツアーの最終目的地のワイナリーへ到着した。

ここではワインの貯蔵庫を見学した後、様々なワインの試飲とお土産の買い物をする自由行動となった。

焼酎好きの美子は辛口の白ワインをいろいろ試飲して気に入ったものを三本と息子たちのためにライトな赤ワインを三本購入した。

操もさっぱりした味わいの白とロゼを購入し、これで本日のツアーは帰路につくだけだった。


「結構散財しちゃった。試飲のし過ぎで気持ちよくなって、つい買い過ぎちゃったわよ」


「私も、ちょっと飲み過ぎた」


ワインやお土産をたくさん買い込んで、操と美子はバスに乗り席に着いた。

バスに乗った途端、相変わらず操はモヤモヤとした。陽が落ちてすっかり周りが暗くなったせいか、より重苦しい何かが操に襲いかかるような気がした。何だろう、この感じ。おそらく、このワイナリーを出ると何かがこのバスに起こりそうな気がしたのだ。タイミング。この言葉が操の頭に響いた。

車内ではガイドが乗客の人数を確認していた。全員の乗車が確認出来てバスは出発しようとしていた。

突然、操は立ち上がり


「すみませーん。トイレに行かせてください」


と言うと、困惑した顔のツアーガイドを見ないようにしてバスを降りていった。

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