孝の態度
「タカシ、まだ寝ないのか」
ソファーでタブレットを見ていた柏が顔をあげて、正面に座っている息子を見た。
孝は珠子を自分のベッドに寝かしつけて、ここに戻ってくるとソファーに座ってぼうっとしていた。
「もう寝るよ」
孝はそう言いながらも、なかなか立ち上がらなかった。
その時、珠子が孝の部屋からよろよろ出てきた。
「どうした?」
柏が聞くと
「トイレ」
目を擦りながら珠子が答えた。
孝は素早く立ち上がり、ふらつく珠子の肩を抱くように支え、トイレに連れて行った。そんな二人の様子を柏は黙って見守った。
戻ってきた二人から目線を外しながら
「タカシ、俺がそっちの部屋でおまえと寝ようか?」
柏が言った。
「えっ」
「もしおまえが気になるのなら、タマコは月美と一緒に寝てもらってもいいぞ」
「ううん。大丈夫。タマコの面倒は、おれが見るよ。おやすみ」
そう言って孝は珠子の肩を抱いたまま、自分の部屋へ向かって行った。
「おやすみ」
柏は孝と珠子の後ろ姿に声をかけた。
「寒くないか?」
孝は、ベッドに横になった珠子に布団をかけながら聞いた。
「タカシ、一緒にくっついて寝ればあったかいよ。いつもミサオとくっついて寝てるとあったかいもん。だから一緒に寝よう」
珠子に言われて、孝はドキドキしながら
「それは…それは、ダメだ」
低い声で呟くように返した。
「なんで?」
珠子が寂しそうな顔をする。
「おれは…おれは結構暑がりなんだ」
だから床に敷いた布団で寝るよ、と孝は言った。
「タカシは寒くないの?」
「うん。寒くない。タマコ、寒かったら布団をもう一枚かけるけど」
「このお布団で大丈夫だよ」
「そうか。それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
翌朝、操は駅前で石井美子を見つけ手を振って近づいた。
「美子さんおはようございます。天気が良くてよかった」
「操さん、おはようございます。急なお願いに付き合ってもらっちゃってゴメンね」
「いえいえ、こういう機会じゃないとなかなかバスツアーなんて参加出来ないから嬉しいわ。でも、ご主人は大丈夫なの?」
「今日はね、店のメンテナンスが入るから休業することになってたの。それでこのツアーに申し込んだのよ。息子たちがウチの人のことを見てくれるって言うからキャンセルしなかったの」
「息子さんたちが一緒なら安心ね。ここまではどうやっていらしたの?」
「広之が車で送ってくれて、帰りも迎えに来てくれるって言うから、操さん、お土産をたくさん買っても大丈夫よ」
広之は美子の息子だ。もう一人守和がいて、この二人が鰻を仕入れ捌き焼いている。鰻に関しては妥協を許さない美子の息子たちだが、普段はとてもスタイリッシュで紳士的なのを操は柊の結婚式で知った。
「それは心強いわね」
操と美子がバスに乗り込み、ツアーガイドが乗客の確認をすると、バスは最初の目的地に向かって出発した。
その頃、柏の部屋では柏と月美が並び、その向かい側に孝とその隣に座面の高い椅子に座った珠子が食卓を囲んで朝食を取っていた。
「もう母さんは出発したかな」
「天気が良くて穏やかだからお出かけ日和ね」
柏と月美が話していると
「タカシ、昨日からあんまりお喋りしてくれないね」
珠子がぼそっと言った。
「そんなことないよ」
孝が口ごもる。
「タマコ、最近おまえが凄く可愛い女の子になってきて、タカシは照れてるんだよ」
柏の話に、
「タカシ、そうなの?」
珠子が孝の顔を覗き込むように見た。
孝は少し考えてから
「そうだ」
と答えた。
「やーだぁ。嬉しい」
珠子がふにゃふにゃしながらニヤけた。
朝食が終わり、柏が仕事に出かけランドセルを背負った孝も玄関に立った。
珠子もついて行き、
「タカシ、いってらっしゃい」
花のような笑顔を向けた。
「うん。いってきます」
孝が伏せ目がちに言いながら外に出ると珠子も続き、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。
「なんだかタカシ、私のことが好きじゃなくなっちゃったのかなぁ」
孝の気持ちを感じ取れない珠子は、最近の彼のぎこちない態度にため息を吐いた。




