男同士
「ミサオ、風呂ランラン美味しかったね」
「フロランタンよ。今はお風呂で団らんしてるけどね」
操と珠子は浴槽に沈んで昼間の出来事を話していた。
「ミサオも作れる?フロ…ラン…タン」
「どうかな。バター入りのカラメルを作るだけでギブアップかも」
「そうかぁ。それじゃ、また作ってくださいって月美さんにお願いしようかな」
よっぽど美味しかったのか、珠子はすぐにまたフロランタンを食べたいと思った。
「そうね。材料を買ってきて月美さんにお願いしようか」
「うん。今度必要なものを聞いて、一緒にお買い物しようよミサオ」
「はい。そうしましょう」
その頃、柏の部屋では
「タカシ、どうした」
晩ごはんを食べながら、柏が孝を見た。
ほとんど喋らず、茶碗を持ったまま何か考え込むような様子を見せている孝を心配したのだった。
「お父さん、あのさ、後で聞いて欲しいことがあるんだ」
小さな声で言う孝に、おう、と柏が返事をした。
食事が終わって孝は浴室に行き、しばらくすると頭からタオルを被り濡れた髪をがしがし拭きながら自分の部屋に戻ってきた。
「タカシ、麦茶飲むか」
柏がマグカップを持って孝の部屋に入って来た。
「うん。ありがとう」
孝はマグを受け取りベッドに腰掛けた。
柏は勉強机の椅子をベッドの傍に転がして、孝と向かい合うように座った。
「お父さん」
「ん?」
「おれさ、ここが…」
孝はマグカップを持っていない方の手を胸に当てた。
「えっ、苦しいのか。いつから変なんだ?背中も痛かったりするか?血圧を測った方がいいな」
慌てる柏に、孝が首を横に振る。
「違うよ。心臓がおかしいんじゃないよ。心っていうか気持ちっていうか思いっていうか、そういうのが苦しいんだ」
「そうか。そういうことか」
柏は、ふうっと息を吐いた。
「初恋だな。うん。おまえ、タマコのことがたまらなく好きなんだろ」
「うん、そうなんだ」
孝が背中を丸めて俯く。
「あいつと初めて会った時から可愛い子だなとは思ってた。だけどさ、おれはタマコに助けられてばかりで、あいつに何もしてやれてない。あいつはずっとおれの傍にいてくれてるけど、最近どんどん可愛さが増えて遠いところに行ってしまいそうな気がしてさ」
「遠いところ?」
「あいつ、幼稚園に通うようになって行動範囲が広がって友だちができて、特に葵君と仲良くてその様子を見てると焦ってしまう。これって嫉妬って言うんでしょ。そんな気持ちになるおれ自身が嫌になる」
「好きな子が他の子と仲良くしてたら誰だってヤキモチを焼くと思うけどな」
柏が、俺だって同じだよと言った。
「それだけじゃなくて、おれさ…」
そう言って孝は口をつぐむ。
「どうした?」
柏は立ち上がると、座っていた椅子を机のところに戻し飲み終わった孝のマグカップを机の上に置いた。そして彼は孝の隣に腰を下ろした。
「おれ…、あいつの傍にいると、あいつに触れたくなる。抱きしめたくなる。あいつに…キスしたくなる」
顔を紅くして、おれはおかしいのかなと孝が小声で言った。
「好きな子にハグしたくなるのは普通だろう。ましてや、おまえたちは両思いなんだから、ほっぺにチューなら問題ない」
柏は孝の肩を抱いて、ぽんぽんと叩いた。
「おれは、あいつの小さな唇にキスしたいんだ」
孝が消えそうな声で言った。
「そうか。それは悩むな」
「うん」
「精神的にはマセてるタマコとおまえは対等かも知れないけど、肉体的にはタカシの方がずっと年上で、特に年頃の男の子は体に反応が出ちゃったりするしな。唇にキスは結果、それ以上を求めたくなる。俺の経験上の話だけどな」
「うん」
「そこは、タマコとずっと仲良しでいるために今はタカシが我慢するしかないな。もどかしいけどね」
「やっぱり、そうだよね」
「でもさ、そういうタカシの気持ちを俺に話してくれて本当に嬉しいよ」
「うん」
「タカシ」
柏が孝の目を見つめる。
「タマコをよろしく頼むな」
「うん」
「好きな女を大事にしろよ」
孝は大きく頷き、柏の目をしっかり見た。
「お父さんもな。お母さんをよろしく頼むよ」
「ああ、もちろんだ」




