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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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寒いけど暖かい

「大家さん、おはようございます」


操が珠子を幼稚園に送り届けてアパートに戻ると、107号室の久我愛子が出かけようとこちらに向かって来るところだった。


「おはようございます。久我さん、体調はいかがですか?」


久我愛子は、初秋の頃に体調不良になり彼女の息子と操に説得されて嫌々病院で検査を受けた。結果、初期症状の腫瘍が見つかり入院して手術を受け、少し前に退院したのだった。


「おかげさまで、調子良いです。体重がなかなか戻らないんですけどね。これから定期検診なんです」


元々ほっそりとした体型の愛子だったが、確かに少し痩せたように見えた。


「そうですか。気をつけていってらっしゃい」


操の見送りに、笑顔を向けながら愛子は軽く会釈をして出かけて行った。

彼女の後ろ姿を見送りながら、あまり嫌なものを感じなかったので病状は快方に向かっているのだろうと操は思った。もちろん、操はドクターではないので断言は出来ないが、それでも彼女の感じ取る力によって愛子が心身ともに良くなっていると確信した。


(あきら)さんも一安心ね」


と言いながら、操は自分の部屋に入った。

久我晶は愛子の真上の部屋の住人で、母親思いの愛子の息子である。

彼は独立して生活をしたいと言う母の希望を汲んで、単身者向けアパートの『ハイツ一ツ谷』に親子で入居したのだった。

このアパートは不動産会社を介さず、操が入居希望者としっかり面談をして住んでもらっている。入居希望者との面談では、操の特別な能力が活躍する。相手と顔を会わせているだけで、その人の人となりを感じ取れるのだ。おかげで、このアパートの住人は皆、穏やかで真面目な面々なのである。

ここの管理は神波家が行っており、メンテナンスは操の息子たち、建設会社で設計部門と施工部門に籍を置く柏と柊が携わっている。清掃などはハウスクリーニングや家事代行を生業にしている、操の娘の茜と藍が引き受けているのだ。


「さて、掃除機をかけるか」


温かいお茶でひと休みした操は、よいしょと椅子から立ち上がり、掃除機で寝室、やがて珠子の部屋になる予定の今は物置として使っている部屋、ソファーセットが置いてあるリビング、ダイニングテーブルがあるキッチン、洗面所と順番に床のホコリを吸い込んでいった。

掃除が終わると、昨夜から浴室に干していた洗濯物を片づけた。珠子のパジャマをたたみながら一年前のサイズより大きいことに改めて孫娘の成長を感じた。そして当然なのだが、これからますます珠子と過ごす時間が少なくなっていくことを寂しく思う操だった。




「ミサオ!」


珠子が手を振りながら声を上げる。

幼稚園のお迎え時間で、他の園児の保護者も大勢いるのだが、彼女は素早く操の存在を見つけた。

ばら組の教室の外側、靴箱のスペースで操が傍に来るのを待っている珠子は実に可愛い。どの園児より可愛い。いや、地球上の何よりも珠子が一番可愛い!

こちらに向かって手を振り続ける珠子のもとへ操は急ぎ足で歩いた。

なんだか今は、早く珠子の小さな手を握りたかった。

そして、上履きをしまいスニーカーを履いた珠子は目の前に着いた操の手を取り、


「ミサオ、帰ろう。中山先生さようなら」


中山ヒロミ先生に向かって空いている方の手を振った。


「珠子ちゃん、さようなら。また明日」


こちらに向かって手を振ってくれた先生に操が会釈をして幼稚園を後にした。


「ミサオ、お空は青いけどなんだか少し黄色っぽいね」


顔を上げて珠子が言う。


「お日さまが早く沈もうとしてるのね。まだ午後二時なのに真夏と比べると太陽が西に傾いて横から照らしてるんだわね」


「横から照らすと、お空が黄色っぽくなるの?」


「うん。詳しいことは私にはわからないけど、もう少しするともっと横から照らして黄色から茜色になるわ」


「茜ちゃんの色だ!」


「そうね。そして太陽が見えなくなると藍色の空になるのね」


「そうか。そうだね」


そう言うと、珠子はしばらく黙って何か考えているようだった。

そして、


「ミサオ、寒い季節になると明るい時間が少なくなって、余計寒く感じるね」


と言いながら珠子は操にぴたりと体を寄せた。


「だから、こうやってくっついて、ミサオの暖かさを感じて幸せな気持ちになるの。あー、とっても幸せ」


「私もよ」


操は、この時間が永遠に続きますようにと願った。

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